パン屋さんに入ると、香ばしい香りと共にズラリと並ぶハード系のパンたち。その中でも、特に馴染み深いのがフランスパンではないでしょうか。しかし、同じような見た目や色をしていても「バケット」や「バタール」といった異なる名前がつけられており、どちらを選べばよいのか迷ってしまった経験がある方も多いはずです。
実はこの2つ、使われている生地の配合はほとんど同じであることが多いのですが、形や大きさの違いによって驚くほど食感や味わいが変化します。これからパン作りを始めたい方や、もっと美味しいフランスパンを焼きたいと思っている方にとって、この違いを理解することは非常に大切です。
この記事では、バケットとバタールの決定的な違いから、それぞれの特徴を活かした美味しい食べ方、そしてパン作りをする際の成形のポイントまでを詳しく掘り下げていきます。それぞれの個性を知ることで、あなたのパン作りや日々の食卓がより豊かなものになるでしょう。
バケットとバタールの違いと基本の定義

フランスパンにはさまざまな種類がありますが、日本で最もポピュラーなのが「バケット」と「バタール」です。パン作りをする上でも、まずはこの2つの基本的な定義と、外見からわかる明確な違いを理解しておく必要があります。
一見するとただ長さが違うだけのように思えるかもしれませんが、その形状にはそれぞれのパンが持つ歴史や意図が隠されています。ここでは、数値的なデータや名前の由来を交えながら、その違いを明確にしていきましょう。
長さと太さによる外見的な違い
バケットとバタールを並べたときに、誰の目にも明らかな一番の違いはその「長さ」と「太さ」にあります。一般的に、バケットは長さが約70cmから80cmほどあり、非常に細長い形状をしています。フランスパンと聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべる、あのシュッとしたスタイリッシュな形こそがバケットの特徴です。
一方、バタールはバケットに比べて長さが短く、約40cmから50cm程度が一般的です。その分、太さはバケットよりもふっくらとしており、全体的に丸みを帯びた形状をしています。この太さの違いが、後ほど解説する食感の差に大きく影響してくるのです。
パン屋さんで棚に並んでいるとき、細くて長いのがバケット、短くて太いのがバタールと覚えておけば、まず間違いありません。家庭用のオーブンで焼く際も、この長さの違いは重要で、バケットは長すぎて入らないことがあるため、家庭ではバタールの方が焼きやすいという事情もあります。
クープ(切れ込み)の数の違い
フランスパンの象徴とも言える表面の切れ込み、これを「クープ」と呼びます。実は、バケットとバタールでは、このクープを入れる数にも伝統的な決まりや一般的な傾向があることをご存知でしょうか。
バケットの場合、その長いボディに合わせて7本から5本のクープを入れるのが一般的です。奇数で入れるのが美しいとされており、均等な間隔でリズミカルに入ったクープは、焼き上がりの表情を豊かにし、職人の技術の見せ所でもあります。
対してバタールは、長さが短いこともあり、クープの数は3本程度が主流です。太さがあるため、クープ1本1本が大きく開く傾向にあり、ダイナミックな見た目になります。パン作りをする際、クープの数やバランスは焼き上がりのボリュームにも影響するため、それぞれのパンに合った本数を入れることが大切です。
名前の由来とそれぞれの意味
それぞれの名前には、フランス語でその形状や立ち位置を表す意味が込められています。言葉の意味を知ることで、そのパンがどのようなキャラクターを持っているのかがより深く理解できるでしょう。
「バケット(Baguette)」は、フランス語で「杖」や「棒」を意味します。魔法使いが持つ杖や、指揮者が振るタクトもバケットと呼ばれます。その名の通り、細長い棒状の形が名前の由来となっており、クラスト(皮)のパリパリ感を楽しむためにこの形になったと言われています。
「バタール(Bâtard)」は、少し驚くかもしれませんが「中間の」や、直訳すると「合いの子」という意味を持っています。これは、正規の太いフランスパン(パリジャンなど)と、細いバケットのちょうど中間の太さであることから名付けられました。どちらの良さも兼ね備えた、使い勝手の良いパンという意味合いが含まれているのです。
生地の量や重さは実は同じ?
ここで、多くの人が驚く意外な事実をお伝えしましょう。見た目の大きさがかなり違うバケットとバタールですが、実は使用する生地の重量は同じであることが多いのです。
つまり、同じ重さの生地を、長く細く伸ばせばバケットになり、太く短く成形すればバタールになるということです。同じ材料、同じ重さの生地を使っているにもかかわらず、成形の仕方を変えるだけで、焼き上がりの食感や風味が別物になるというのは、パン作りの奥深さであり、面白いところでもあります。
もちろんお店によっては配合を変えている場合もありますが、基本的には「形の違いが味の違いを生む」という点が、フランスパンの最大の特徴と言えるでしょう。このことを知っていると、パン作りにおける成形の重要性がより実感できるはずです。
食感と味わいの違いを比較

同じ生地から作られることが多いバケットとバタールですが、焼き上がったパンの食感や味わいは明確に異なります。これは、パンの構成要素である「クラスト(外側の皮)」と「クラム(内側の白い部分)」の比率が変わるためです。
パン好きの方や自分でパンを焼く方にとって、この「皮と中身のバランス」は好みが分かれる重要なポイントです。ここでは、それぞれの食感の特徴と、どのような味わいの違いが生まれるのかを詳しく見ていきましょう。
バケットは皮(クラスト)を楽しむ
バケットの最大の特徴は、なんといってもあの香ばしくてパリパリとしたクラスト(皮)の存在感です。細長く成形されているため、生地全体に対する表面積の割合が非常に高くなります。そのため、食べたときに口の中で感じる食感の多くを、ハードな皮が占めることになります。
高温で焼き上げられた皮の部分には、メイラード反応による香ばしい風味と、小麦本来の旨味が凝縮されています。バリッとした歯ごたえと共に、噛み締めるほどに広がる香ばしさは、バケットならではの醍醐味です。
中身の白い部分(クラム)は気泡が大きく、軽やかな食感であることが多いですが、量は少なめです。そのため、もっちり感よりも「カリッ」「ザクッ」としたクリスピーな食感を求める方に最適です。お酒のおつまみとして楽しむ場合も、この皮の香ばしさが良いアクセントになります。
バタールは中身(クラム)を楽しむ
バケットに対して、バタールはふっくらとした太さがあるため、クラム(中身)の比率が高くなります。外側の皮はパリッとしていますが、その中にはしっとりとしてモチモチとした柔らかい生地がたっぷりと詰まっています。
この豊富なクラムこそがバタールの魅力であり、日本人好みの食感と言われる理由でもあります。水分が飛びにくい形状のため、焼き上がり後も中身の瑞々しさが保たれやすく、口溶けの良い食感を楽しむことができます。
小麦の甘みや発酵による風味をダイレクトに感じられるのは、皮よりもむしろ中身の部分です。そのため、バタールは小麦の優しい甘みや、酵母の香りをじっくりと味わいたい方におすすめです。柔らかい食感は子供や年配の方にも食べやすく、日常の食卓に馴染みやすいパンと言えるでしょう。
火の通り方による風味の変化
形状の違いは、オーブンの中での火の通り方にも影響を与え、それが最終的な風味の差となって表れます。バケットは細いため、中心部まで熱が早く伝わります。全体的にしっかりと熱が入ることで、水分が適度に飛び、軽い食感と強い香ばしさが生まれます。
一方、太さのあるバタールは、中心部まで熱が伝わるのにバケットよりも時間がかかります。表面は高温で焼かれていても、中心部は蒸し焼きのような状態でじっくりと火が通っていくイメージです。
【焼き上がりによる風味の違い】
バケット:高温短時間で火が通りやすく、水分の蒸発が早いため、香ばしさが際立つ。
バタール:内部の水分が残りやすく、しっとりとした質感と、熟成された小麦の甘みが残る。
このように、同じ生地であっても「どのように焼かれたか」によって風味が変わります。パン作りをする際は、バケットならしっかりと焼き色をつけて香ばしさを引き出し、バタールなら焦げすぎないように注意しつつ中まで火を通すなど、焼成のコントロールも楽しみの一つになります。
パン作り視点で見る成形と難易度の違い

ここからは、実際にパン作りをする方に向けて、技術的な視点からバケットとバタールの違いを解説します。生地作りまでは同じ工程でも、成形(形を作る作業)の段階で求められる技術やコツが異なります。
「初心者はどっちから練習すべき?」「クープがきれいに開かない」といった悩みを持つ方も多いでしょう。成形、クープ入れ、そして焼き上がりの内層(気泡)について、それぞれの特徴と難易度を比較していきます。
バケットの成形は難易度が高め
結論から言うと、バケットの成形はバタールよりも難易度が高いとされています。その理由は、生地を「均一に」「長く」伸ばす必要があるからです。パン生地には弾力があるため、無理に伸ばそうとすると縮んでしまったり、表面が切れてしまったりします。
70cm近くまで生地を伸ばすには、生地を傷めないように優しく、かつ手早く扱う技術が求められます。また、太さが均一でないと、細い部分は焦げやすく、太い部分は火通りが悪くなるなど、焼きムラあが起きる原因にもなります。
さらに、長く伸ばす過程で、せっかく生地の中に溜まったガスを抜きすぎてしまうと、焼き上がりがカチカチの硬い棒のようになってしまいます。必要なガスを残しつつ、細長く成形するというバランス感覚は、何度も練習して掴む必要がある職人技の領域です。
バタールは比較的成形しやすい
バケットに比べると、バタールは成形の難易度がやや低く、パン作り初心者の方にもおすすめしやすい種類です。伸ばす長さが短くて済むため、生地への負担が少なく、生地の扱いになれていない方でも形を整えやすいのが特徴です。
太さを出す成形のため、生地をしっかりと張らせる(表面のテンションを高める)作業もしやすく、コロンとした可愛らしい形に仕上げることができます。家庭用のオーブンの天板サイズを考えても、無理なく乗せられる長さであることは大きなメリットです。
ただし、簡単だからといって油断は禁物です。太さがある分、しっかりと締め気味に成形しないと、発酵中にダレて横に広がった平べったいパンになってしまうことがあります。適度な力加減で芯を作るように巻いていくことが、高さのあるかっこいいバタールを作るコツです。
クープの入れやすさと開き方のコツ
フランスパン作り最大の難関とも言える「クープ(切れ込み)」ですが、ここにも違いがあります。バケットは5本〜7本ものクープを、細い生地の上に連続して入れる必要があります。それぞれのクープの長さ、重なり具合、深さを均一にしないと、きれいな帯切れ(エッジ)が立ちません。
バタールは3本程度と数が少ないため、バランスを取るのは比較的容易です。また、生地に厚みがある分、クープナイフを入れる際にも安定感があり、スパッと切り込みを入れやすいと感じる方が多いでしょう。
【ワンポイントアドバイス】
バケットは生地に対してナイフを寝かせ気味に、皮一枚を削ぐようなイメージで入れるとエッジが立ちやすくなります。対してバタールは、少しだけナイフを立てて(もちろん垂直ではありません)、生地のボリュームを爆発させるようなイメージで入れると、迫力のある開き方になります。
気泡(内層)の作りやすさの違い
フランスパンの断面に見られる大小様々な穴(気泡)は、美味しさの証明であり、多くのベイカーが目指すゴールの一つです。この気泡の入り方も、成形によって変化します。
バケットは細長く成形する際にガスが抜けやすいため、大きなボコボコとした気泡を残すには、生地の扱いにとにかく慎重さが求められます。しかし、上手く焼けたときの気泡膜(気泡の壁)は非常に薄く、それが口の中でパリパリと崩れる極上の食感を生み出します。
一方、バタールは成形で生地をあまりいじらないため、ガスが残りやすく、比較的簡単にふっくらとした内層を作ることができます。気泡膜はバケットよりもやや厚めになり、それがモチモチとした食感に繋がります。初心者の方が「蜂の巣のような内層」を目指すなら、まずはバタールから挑戦すると成功体験を得やすいでしょう。
料理に合わせた使い分けとおすすめの食べ方

バケットとバタールの特徴がわかったところで、次は「食べる」シーンでの使い分けについてご提案します。それぞれの食感を活かすことで、いつもの料理がより一層美味しく引き立ちます。
「今夜のメニューにはどっちのパンが合うかな?」と考えながら選ぶのも、パンのある暮らしの楽しみ方です。具体的な料理や食べ方を例に挙げて見ていきましょう。
バケットに合う料理とサンドイッチ
皮のパリパリ感と細い形状が特徴のバケットは、「乗せる」「塗る」「挟む」といった食べ方に最適です。
薄くスライスして、レバーペーストやリエットを塗ったり、トマトとニンニクを乗せてブルスケッタにしたりと、おつまみ的な要素が強い食べ方によく合います。カリッとした食感が、具材の滑らかさやジューシーさを引き立ててくれるのです。
サンドイッチにするなら、ハムとバターだけのシンプルな「ジャンボン・ブール」や、野菜をたっぷり挟んだカスクートが定番です。細長いので食べやすく、具材と一緒に噛み切った時の歯切れの良さが心地よいリズムを生みます。ガーリックトーストにする場合も、皮の面積が多いバケットの方が香ばしく仕上がり、断然おすすめです。
バタールに合う料理と食事シーン
中身が柔らかく、小麦の味がしっかり感じられるバタールは、「食事と一緒に食べる」「ソースを吸わせる」シーンで活躍します。
シチューやスープ、アヒージョなどの汁気のある料理と一緒に食べるなら、吸水性の良いクラムが多いバタールがぴったりです。ソースをたっぷりと染み込ませたパンは、それだけでご馳走になります。和食の食卓に並べる場合も、ご飯のような感覚で食べられるバタールの方が違和感なく馴染みます。
また、厚切りにしてトーストし、たっぷりのバターを乗せて食べるのも至福の時間です。表面はサクッと、中はふんわりモチモチのコントラストは、朝食のメインとしても十分な満足感を与えてくれます。サンドイッチにするなら、具材の水分を受け止めてくれるので、汁気の多い野菜や煮込み料理などを挟むのにも向いています。
フレンチトーストにするならどっち?
余ったフランスパンで作る人気のメニュー、フレンチトースト。これを作る際には、バケットとバタール、どちらが向いているのでしょうか?
結論としては、「とろとろ食感」を求めるならバタール、「しっかり食感」を求めるならバケットがおすすめです。バタールはクラムが多いため、卵液(アパレイユ)をたっぷりと吸い込みます。一晩漬け込んで焼けば、まるでプリンのようにプルプルでとろけるようなフレンチトーストになります。
逆にバケットで作ると、皮の部分がしっかり残るため、形が崩れにくく、香ばしさがアクセントになった大人な味わいのフレンチトーストになります。薄切りにしてサッと浸して焼くスタイルならバケット、厚切りでじっくり中まで染み込ませるならバタール、というように好みに合わせて使い分けてみてください。
他にもある!知っておきたいフランスパンの種類

ここまでバケットとバタールについて詳しく解説してきましたが、フランスパンの世界はまだまだ奥が深いです。パン屋さんに行くと、この2つ以外にも様々な形のフランスパンが並んでいます。
これらも基本的には同じ生地から作られていることが多いですが、形が変われば味わいも変わります。ここでは、代表的なその他のフランスパンを3つ紹介します。これらを知っておくと、パン選びやパン作りの幅がさらに広がります。
パリジャン(Parisienne)
「パリジャン」は、「パリっ子」という意味を持つ大型のフランスパンです。バケットよりもさらに太く、長さも60cm〜70cmほどあります。クープは5本程度入れられるのが一般的です。
バタールよりもさらに太いため、クラム(中身)の量が圧倒的に多く、モチモチとした食感を存分に楽しめます。サンドイッチ用として使われることも多く、大人数でシェアする食事パンとして最適です。家庭用オーブンでは焼くのが難しいサイズですが、プロのベーカリーで見かけた際は、その迫力を楽しんでみてください。
フィセル(Ficelle)
「フィセル」は、フランス語で「紐(ひも)」を意味します。その名の通り、バケットよりもさらに細く、直径がかなり小さいのが特徴です。重量も100g〜150g程度と軽く、一人でも食べきれるサイズ感です。
極細のため、中身のクラムはほとんどなく、ほぼ皮(クラスト)だけで構成されているようなパンです。「とにかくカリカリの皮が好き!」という皮マニアの方にはたまらない種類です。おつまみとしてそのままかじったり、グリッシーニのように生ハムを巻いて食べたりするのに向いています。
ブール(Boule)
「ブール」は、「ボール(球)」を意味する丸い形のフランスパンです。フランス語でパン職人を「ブーランジェ(Boulanger)」と呼びますが、これは「ブールを焼く人」という言葉が語源になっています。
丸い形をしているため、火通りがゆっくりで、中身の水分が最も残りやすい形状です。そのため、フランスパンの中で最もクラムがしっとり・もちもちとしています。スープを中に入れて「パングラタン」や「スープボウル」として使うのもこのブールです。家庭でも成形がしやすく、天板のスペースを有効に使えるため、人気の高い形状です。
まとめ:バケットとバタールの違いを知ってパン作りを楽しもう

今回は、パン屋さんでよく見かける「バケット」と「バタール」の違いについて、定義から味わい、そしてパン作りの視点まで詳しく解説してきました。最後に改めて要点を振り返ってみましょう。
| 種類 | バケット(杖) | バタール(中間) |
|---|---|---|
| 見た目 | 細長い(約70cm) | 太くて短い(約40cm) |
| クープ数 | 5〜7本(奇数) | 3本程度 |
| 食感 | 皮が主役でパリパリ | 中身が主役でモチモチ |
| 成形難易度 | 高い(均一に伸ばす技術が必要) | 比較的易しい(初心者向け) |
| おすすめの食べ方 | カナッペ、サンドイッチ、おつまみ | 食事のお供、フレンチトースト |
名前や形が違うだけで、中身の生地は同じであることが多いこの2つのパン。しかし、「皮を味わうのか、中身を味わうのか」という目的によって、その形状が計算されていることがお分かりいただけたかと思います。
パン作りをする方にとっては、ご自身の技術レベルや、その日の気分、あるいは「どんな料理と合わせたいか」によって焼き分けることができるようになれば、パンライフはもっと楽しくなります。まずは成形しやすいバタールから挑戦し、生地の扱いに慣れてきたら憧れの細長いバケットに挑戦するというステップアップもおすすめです。
ぜひ、この記事を参考にして、自分好みのフランスパンを見つけたり、自家製パン作りにチャレンジしてみてください。それぞれの違いを深く知ることで、香ばしい焼き上がりの瞬間が、より一層待ち遠しいものになるはずです。




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