「健康のために砂糖を控えたい」「もっとしっとりしたパンを焼きたい」という思いから、パン作りのレシピにある砂糖をはちみつに置き換えてみたいと考えたことはありませんか?
はちみつは自然な甘さと豊富な栄養価が魅力ですが、砂糖とまったく同じ感覚で使ってしまうと、パンが膨らまなかったり、焦げてしまったりといった失敗につながることがあります。
この記事では、パン作りにおいて砂糖をはちみつで代用する際に知っておくべきデメリットや、それを乗り越えて美味しく焼き上げるための具体的なポイントをやさしく解説します。
砂糖をはちみつで代用するデメリットと注意点

はちみつは砂糖とは異なる性質を持っているため、パン作りにおいてはいくつかの「デメリット」となりうる要素があります。これらは決して「使ってはいけない」という理由ではありませんが、事前に知っておくことで失敗を未然に防ぐことができます。まずは、代用する際に気をつけるべき主なデメリットと注意点について詳しく見ていきましょう。
焼き色がつきやすく焦げるリスクがある
パン作りで砂糖をはちみつに変えたときに一番起こりやすいトラブルが「焼きすぎ」や「焦げ」です。これは、はちみつに含まれる「果糖」と「ブドウ糖」の性質によるものです。パンが焼けるときに香ばしい焼き色がつく反応を「メイラード反応」と呼びますが、はちみつに含まれる糖分はこの反応が砂糖(ショ糖)よりも低い温度で、しかも急速に進むという特徴があります。
通常通りのオーブン温度や焼き時間で設定してしまうと、中まで火が通る前に外側だけが真っ黒に焦げてしまうことがあります。特に、バターロールや食パンのような、比較的高い温度で焼くパンの場合は注意が必要です。レシピの温度よりも10度ほど低く設定したり、焼いている途中でアルミホイルをかぶせたりといった工夫が求められます。
生地のベタつきや水分の調整が難しい
砂糖は乾燥した粒状ですが、はちみつは液体状で、その成分の約20%が水分です。そのため、レシピの砂糖を同量のはちみつに置き換えると、生地全体の水分量が増えてしまいます。たかが数グラムの差と思うかもしれませんが、パン作りにおいて水分のバランスは非常に繊細です。
水分過多になった生地は非常にベタつきやすく、こねる作業が難航します。手や台に生地がまとわりつき、グルテンの形成がうまくいかない原因にもなります。特に、もともと水分量の多い「高加水パン」などのレシピで安易に置き換えを行うと、成形すらできないドロドロの生地になってしまうリスクがあるため、事前の水分計算が必須となります。
はちみつ特有の風味が強く出すぎる場合がある
砂糖、特に上白糖やグラニュー糖は、甘みをつける役割に特化しており、香り自体はほとんどありません。一方、はちみつには花由来の独特な香りや風味があります。これははちみつの大きな魅力でもありますが、作るパンの種類によってはデメリットになることもあります。
例えば、小麦本来の繊細な香りを楽しみたいうどん粉を使ったパンや、他の副材料の風味を活かしたい場合、はちみつの香りが邪魔をしてしまうことがあります。また、はちみつの種類によっては「クセ」と感じられるような強い香りを持つものもあり、食べる人によっては好みが分かれる仕上がりになる可能性があることを覚えておきましょう。
1歳未満の乳児にはボツリヌス菌のリスクがある
これはパンの出来栄え以前の、安全に関わる非常に重要なデメリットです。はちみつには「ボツリヌス菌」という細菌の芽胞が含まれている可能性があります。大人の腸内ではこの菌は繁殖しませんが、腸内環境が未熟な1歳未満の乳児が摂取すると「乳児ボツリヌス症」を発症し、最悪の場合は命に関わる危険性があります。
「加熱すれば大丈夫ではないか」と考える方もいるかもしれませんが、ボツリヌス菌の芽胞は熱に非常に強く、家庭でのパン作りの焼成温度(200度前後)程度では死滅しません。そのため、はちみつを使って焼いたパンは、絶対に1歳未満の赤ちゃんには与えないようにしてください。家族みんなで食べるパンを作る際は、この点を必ず考慮する必要があります。
パン作りで砂糖をはちみつに変えるメリット

デメリットについて触れましたが、それを補って余りあるほどの素晴らしいメリットもはちみつにはあります。プロのパン職人があえてはちみつを使用するのには、明確な理由があるのです。ここでは、はちみつを使うことでパンにどのような良い効果が生まれるのかをご紹介します。
しっとりとした食感が長持ちする保湿効果
はちみつをパン作りに使う最大のメリットといえるのが、その優れた「保湿性」です。はちみつに含まれる果糖には、空気中の水分を吸い寄せ、それを抱え込む性質があります。この性質のおかげで、焼き上がったパンの生地内部に水分がしっかりと保たれます。
砂糖で作ったパンは、時間が経つにつれて水分が抜け、パサつきやすくなる傾向があります。しかし、はちみつを使ったパンは翌日になってもパサつかず、しっとりとした柔らかい食感が持続します。食パンや丸パンなど、日持ちさせたいパンや、柔らかさを重視したいパンには最適な材料といえるでしょう。
酵母の働きを助けて発酵がスムーズになる
パンを膨らませるために欠かせないイースト(酵母)は、糖分をエサにして活動し、炭酸ガスを発生させます。砂糖の主成分であるショ糖もイーストのエサになりますが、イーストがこれを利用するには一度分解するプロセスが必要です。
一方、はちみつの主成分であるブドウ糖と果糖は、すでに分解された「単糖類」という形をしているため、イーストが即座にエサとして取り込むことができます。その結果、発酵のスタートがスムーズになり、元気よく生地が膨らむのを助けてくれます。特に、予備発酵が必要なタイプの酵母を使う場合、少量のはちみつを加えることで予備発酵が非常に活発になります。
独特のコクと風味でリッチな味わいになる
デメリットの項目で「風味が強すぎる場合がある」と述べましたが、これを逆手に取れば、パンに奥深いコクとリッチな風味を与えることができるという大きなメリットになります。砂糖の甘さは直線的ですが、はちみつには複雑な旨味や微量のアミノ酸、ミネラルが含まれており、これらがパンの味わいに奥行きを生み出します。
特に、牛乳やバターをたっぷり使うブリオッシュのようなリッチな生地や、全粒粉やライ麦を使った味わい深いパンとの相性は抜群です。焼き上がった瞬間に立ち上る甘く芳醇な香りは、砂糖だけのパンでは決して出せない、はちみつならではの特別な魅力です。
失敗しないための分量換算と水分の調整方法

砂糖からはちみつへの置き換えを成功させるための鍵は、正確な「計算」と「調整」にあります。感覚だけで適当に入れてしまうと、甘すぎたり、ベタベタになったりと失敗の元です。ここでは、具体的にどのように分量を決めればよいのか、4つのポイントに分けて詳しく解説します。
砂糖とはちみつの甘さの違いと換算目安
まず理解しておきたいのは、砂糖とはちみつの「甘さの感じ方」の違いです。一般的に、はちみつは砂糖(上白糖)の約1.3倍の甘さがあると言われています。つまり、レシピにある砂糖と同量のはちみつを入れてしまうと、甘すぎるパンになってしまうのです。
基本の換算ルールとして、砂糖の分量の「約70%〜80%」の重量のはちみつに置き換えるのが適正です。計算が面倒な場合は、まずは砂糖の重量に0.8を掛けた量を目安にしてみてください。例えば、砂糖30gのレシピであれば、24g程度のはちみつを使うと、程よい甘さに仕上がります。
【換算の目安】
・砂糖 10g → はちみつ 約7〜8g
・砂糖 20g → はちみつ 約15〜16g
・砂糖 30g → はちみつ 約23〜24g
はちみつの水分量を考慮した仕込み水の減らし方
次に重要なのが水分の調整です。先述の通り、はちみつには約20%の水分が含まれています。そのため、はちみつを加えた分だけ、レシピにある「水」や「牛乳」の量を減らす必要があります。
厳密に計算するなら、「使用するはちみつの量の20%分」を仕込み水から引きます。例えば、はちみつを30g使う場合、そのうちの約6gは水分です。したがって、レシピの水が150gだとしたら、そこから6gを引いて144gにします。少しの差ですが、この微調整が生地の扱いやすさを大きく左右します。
計量時に扱いやすくするちょっとした工夫
はちみつは粘度が高く、計量スプーンやカップにくっついてしまい、正確な量をボウルに入れるのが大変です。また、洗い物も面倒になりがちです。そこで、ストレスなく計量するためのテクニックをご紹介します。
計量スプーンを使う場合は、先にそのスプーンでサラダ油などの油脂を薄くすくって全体になじませてから、はちみつを計量してみてください。油の膜のおかげで、はちみつがスルッと離れます。また、デジタルのキッチンスケールを使う場合は、仕込み水を入れる容器(計量カップなど)をスケールに置き、水の中に直接はちみつを計り入れ、よく溶かしてから粉に加える方法もおすすめです。これなら容器にこびりつく無駄をなくし、生地全体に均一に行き渡らせることができます。
焦げを防ぐための焼成温度のコントロール
デメリットで触れた「焦げやすさ」への対策も、調整の一部として計画に入れておく必要があります。はちみつ入りの生地を焼く際は、レシピの指定温度よりも10℃〜20℃低めに設定し、その分、焼き時間を数分長くするという調整が有効です。
例えば「200℃で12分」というレシピなら、「180℃〜190℃で13〜15分」程度を目安にします。ただし、オーブンの機種によって熱の伝わり方は大きく異なります。初めて焼くときは、焼き時間の半分が過ぎたあたりからこまめに庫内を覗き、焼き色が濃くなりすぎていないか確認しましょう。もし色がつきすぎている場合は、早めにアルミホイルを被せて表面をガードしてください。
はちみつを使うのに向いているパンの種類

すべてのパンをはちみつで作れば美味しくなるわけではありません。はちみつの特性である「しっとり感」「風味」「焼き色」が活きるパンもあれば、逆に砂糖の方が向いているパンもあります。ここでは、特にはちみつとの相性が良いパンの種類を具体的に紹介します。
食パンや丸パンなどシンプルな食事パン
毎日の朝食に食べるような食パンや、シンプルな丸パン(テーブルロール)は、はちみつへの置き換えに最も適しています。これらのパンは、時間が経ってもパサつかずにしっとりとしていることが美味しさの重要なポイントだからです。
はちみつの保水効果によって、翌朝トーストせずにそのまま食べてもふんわりとした口当たりを楽しめます。また、シンプルな配合だからこそ、はちみつのほのかな甘みと香りが引き立ち、飽きのこない優しい味わいに仕上がります。「生食パン」のようなリッチな食感を目指すなら、ぜひはちみつを使ってみてください。
全粒粉やライ麦を使ったハード系のパン
全粒粉やライ麦粉を使ったパンは、独特の穀物の香りや苦味、酸味を持っています。これらの粉は白砂糖のすっきりした甘さよりも、はちみつが持つ複雑で濃厚な甘みとの相性が抜群に良いのです。
例えば、「パン・ド・カンパーニュ」や「くるみパン」などに少しはちみつを加えると、穀物のクセをマイルドに包み込み、食べやすさを向上させてくれます。また、ハード系のパンはクラスト(外皮)の香ばしさが命ですが、はちみつを加えることで美味しそうな焼き色がつきやすくなり、見た目もプロっぽく仕上がります。
ドライフルーツやナッツが入ったパン
レーズンやイチジクなどのドライフルーツ、くるみやアーモンドなどのナッツ類が入ったパンも、はちみつを使うのに適しています。はちみつの風味はフルーツやナッツの自然な味わいと非常によく馴染み、全体の一体感を高めてくれます。
特にチーズと組み合わせるようなパン(例えばゴルゴンゾーラとはちみつのパン)は、甘じょっぱい組み合わせが絶妙です。具材を入れるパンの場合は、生地自体の主張が強くなりすぎないよう、クセの少ないはちみつを選ぶとバランスが取りやすくなります。
種類による違い!パン作りに適したはちみつの選び方

スーパーの棚には様々な種類のはちみつが並んでいますが、どれを選んでも同じ味になるわけではありません。パン作りにおいては、はちみつの「花の種類」や「処理方法」によって仕上がりの風味が大きく変わります。用途に合わせて最適な一本を選ぶためのヒントをお伝えします。
クセの少ないアカシアやレンゲが初心者向け
パン作りで初めてはちみつを使う場合や、どんなパンにも合わせやすい万能なものが欲しい場合は、「アカシア」や「レンゲ(蓮華)」のはちみつがおすすめです。これらは日本人に馴染み深く、香りが穏やかで上品な甘さが特徴です。
特にアカシアはちみつは、冬場でも結晶化(白く固まること)しにくく、サラッとしているため計量もしやすいという利点があります。パン本来の小麦の香りを邪魔することなく、しっとりとした食感と優しい甘さだけをプラスしてくれるため、食パンや白パン作りに最適です。
個性を出したいなら百花蜜や濃い色のものを
逆に、はちみつの風味を前面に出したパンを作りたい場合や、全粒粉などの強い粉に合わせる場合は、「百花蜜(ひゃっかみつ)」や色が濃いめのはちみつを選んでみましょう。百花蜜とは、特定の花ではなく、野山に咲く様々な花からミツバチが集めた蜜のブレンドです。
季節や地域によって味わいが異なり、複雑で濃厚なコクがあります。また、海外産のオレンジハニーやユーカリハニーなどは柑橘やハーブのような個性的な香りを持っており、これらを使うことで、お店で売っているようなオリジナリティ溢れるパンを作ることができます。
加糖はちみつと純粋はちみつの違いに注意
はちみつを購入する際、必ずパッケージの裏面を確認してください。「はちみつ」として売られているものの中には、水飴やブドウ糖果糖液糖などを混ぜてカサ増しした「加糖はちみつ」や、加熱処理によって成分が変化している「精製はちみつ」が存在します。
パン作りにおいて、はちみつ本来の酵素の働きや保湿効果、風味を期待するのであれば、混ぜ物のない「純粋はちみつ(Pure Honey)」を選ぶことが大切です。加糖はちみつは安価ですが、甘さの質や保水力が純粋はちみつとは異なるため、思ったような効果が得られない場合があります。
まとめ:砂糖をはちみつで代用してデメリットを回避しよう

パン作りにおいて砂糖をはちみつで代用することは、単なる健康志向だけでなく、パンの美味しさをワンランクアップさせる素晴らしいテクニックです。確かに「焦げやすい」「ベタつきやすい」といったデメリットは存在しますが、これらは分量の計算や焼き温度の調整といった正しい知識があれば、十分に回避できるものばかりです。
はちみつが生み出すしっとりとした食感や、翌日になっても続く柔らかさ、そして芳醇な香りは、一度体験すると手放せない魅力となります。「砂糖の70〜80%の量にする」「水分を少し減らす」「焼き温度を下げる」という基本のルールを守りながら、ぜひあなたのお気に入りのパンをはちみつで作ってみてください。きっと、いつもとは違う豊かな味わいのパンが焼き上がるはずです。



コメント