「このパンのレシピ、どうしてバターじゃなくてショートニングなんだろう?」パン作りをしていると、そんな疑問を持ったことはありませんか。スーパーの製菓材料コーナーでなんとなく見かける白い固形油脂、ショートニング。
実は、パンの食感や扱いやすさを劇的に変える「縁の下の力持ち」なのです。トランス脂肪酸の心配や、バターとの具体的な違いなど、少し聞きにくいけれど知っておきたいポイントもたくさんあります。
この記事では、ショートニングがパン作りにもたらす驚きのメリットから、バターがない時の代用方法、そして気になる健康面のお話まで、初心者の方にもわかりやすく丁寧に解説します。
ショートニングをパンに使うメリットと主な効果

ショートニングは、アメリカ生まれの加工油脂です。もともとはラード(豚の脂)の代用品として開発されましたが、現在ではその独特な特性がパン作りに欠かせないものとして愛用されています。「バターのほうが高級で美味しいのでは?」と思われがちですが、ショートニングにしか出せない魅力的な効果がいくつもあります。
サクサクとした軽い食感を生み出す
ショートニングという名前は、「ショート(Short)=もろくする、縮める」という言葉に由来しています。この名前が示す通り、ショートニングにはパン生地のグルテン(粘り気のもと)の結合を適度に断ち切る性質があります。これを「ショートニング性」と呼びます。
バターを使ったパンがしっとりと重厚な食感になるのに対し、ショートニングを使ったパンは、歯切れがよく、サクサクとした軽い食感に仕上がります。例えば、口に入れた瞬間にホロリと崩れるような軽やかさは、ショートニングならではの特徴です。ふんわりとしたボリュームを出したい食パンや、外側をカリッとさせたいピザ生地などには、この特性が非常に効果的に働きます。
小麦本来の風味を邪魔しない無味無臭さ
ショートニングの最大の特徴の一つが、無味無臭であることです。植物性油脂(大豆油やパーム油など)を精製して作られているため、バターのような特有のミルクの香りやコクがありません。「味がしないのはデメリットでは?」と思われるかもしれませんが、実はこれが大きなメリットになります。
小麦粉本来の素朴な香りを楽しみたいフランスパン風の生地や、具材の味を際立たせたい総菜パンなどでは、油脂の主張が強すぎるとバランスが崩れてしまうことがあります。ショートニングを使うことで、小麦の香ばしさや、ハムやチーズ、カスタードクリームといったフィリング(具材)の風味をダイレクトに感じられるパンを作ることができるのです。
生地が扱いやすくなる伸展性の良さ
パン作りにおいて、生地の「扱いやすさ」はとても重要です。ショートニングは「可塑性(かそせい)」という性質に優れています。これは、粘土のように形を変えやすく、その形を保つ性質のことです。
バターは温度に敏感で、夏場などの温かい環境ではすぐに溶け出してベタベタになり、生地の扱いが難しくなります。一方、ショートニングは溶ける温度(融点)が高めに設定されているものが多く、広い温度帯でクリーム状の固さを保てます。そのため、手ごねの際も生地に馴染みやすく、ベタつきを抑えてスムーズに捏ね上げることができます。生地がよく伸びるようになる(伸展性が増す)ため、成形もしやすく、初心者の方にとっても心強い味方となってくれます。
冷めても固くなりにくい老化防止効果
焼き上がったパンが時間が経つにつれてパサパサと固くなってしまう現象を、デンプンの「老化」と呼びます。ショートニングには、この老化を遅らせる効果があります。
ショートニングはバターと違い、水分をほとんど含まず、ほぼ100%が油脂でできています。この微細な油脂の粒子が生地全体に薄く広がり、膜を作ることで、パン内部の水分が蒸発するのを防いでくれます。その結果、焼き上がりから時間が経っても、ふんわりとした柔らかさが長持ちしやすくなるのです。翌日もしっとりとしたサンドイッチを食べたい場合などには、バターよりもショートニングの方が適していると言われるのはこのためです。
バターとショートニングの決定的な違い

「レシピにショートニングと書いてあるけれど、家にあるバターで代用してもいいの?」というのは、パン作りで最も多い質問の一つです。結論から言えば代用は可能ですが、仕上がりには明確な差が出ます。ここでは、その違いを詳しく掘り下げてみましょう。
風味と香りの有無で使い分ける
最もわかりやすい違いは「香り」と「味」です。バターは乳脂肪分から作られているため、焼くと芳醇なミルクの香りと豊かなコクが生まれます。ブリオッシュやリッチな食パンなど、「食べた瞬間に幸せを感じるような濃厚さ」を出したい場合は、間違いなくバターが適しています。
一方、前述の通りショートニングは無味無臭です。あっさりとした味わいに仕上がるため、毎日食べても飽きないような食事パンに向いています。例えば、朝食のトーストにバターを塗って食べるなら、パン自体はあっさりとしたショートニング入りの方が、塗ったバターの風味が引き立ち、くどくなりすぎません。自分が作りたいパンが「油脂の風味を主役にしたいか、脇役にしたいか」で使い分けるのがポイントです。
仕上がりの食感:しっとりvsサックリ
食感の違いも大きなポイントです。バターには約16%前後の水分が含まれていますが、ショートニングはほぼ100%が油脂です。さらに、バターに含まれる乳化剤やタンパク質の作用により、バターを使ったパンは「しっとり・もっちり」とした重みのある食感になりやすい傾向があります。
対してショートニングは、グルテンの形成を適度に阻害して生地を軽くするため、「サックリ・ふんわり」としたボリュームのあるパンに仕上がります。例えば、クロワッサンのような層を作るパンの場合、バターを使えば芳醇でザクザクとしたリッチな食感に、ショートニング(または専用のシート油脂)を使えば、パリパリと軽く、崩れるような食感になります。この違いを理解すると、レシピの油脂を自分好みにアレンジできるようになります。
溶ける温度が違う!生地作りへの影響
パンを作る工程、特に「捏ね(ミキシング)」の段階での違いも重要です。バターは28℃〜33℃程度で溶け始めますが、手のひらの温度でも柔らかくなりすぎるため、夏場のパン作りでは冷蔵庫から出した直後のものを使うなど、温度管理に気を使う必要があります。
ショートニングは、製品にもよりますが一般的にバターよりも融点が高く、常温保存が可能なものが多いため、室温に戻す手間がいりません。最初から柔らかいクリーム状なので、生地に入れてすぐに混ざり合います。特に冬場、バターが固くて生地になかなか馴染まないストレスを感じたことがある方には、ショートニングの扱いやすさは大きなメリットに感じるはずです。季節や室温に合わせて、配合の一部をショートニングに置き換えるというテクニックを使うパン職人もいます。
コストパフォーマンスと保存性の比較
日常的にパンを焼く人にとって、コストと保存性も無視できない要素です。バター、特に発酵バターなどの高品質なものは価格が高騰しがちで、賞味期限も冷蔵で数ヶ月程度と比較的短めです。また、冷蔵庫の中で場所を取り、匂いうつりにも気をつける必要があります。
ショートニングはバターに比べて安価で手に入りやすく、コストパフォーマンスに優れています。また、酸化防止剤が含まれている製品が多く、常温の冷暗所での長期保存が可能です(開封後は酸化を防ぐため早めに使い切るか、密封して冷暗所・冷蔵庫へ)。頻繁にパンを焼く家庭では、コストを抑えつつ安定した品質のパンを作れるという点で、ショートニングは非常に経済的な選択肢と言えます。
気になるトランス脂肪酸と健康への影響

ショートニングについて調べると、必ずと言っていいほど目にするのが「トランス脂肪酸」という言葉です。「体に悪い油」というイメージが定着していますが、現在の状況はどうなっているのでしょうか。パン作りを楽しむために、正しい知識を身につけておきましょう。
昔と違う?現在のショートニング事情
かつてショートニングは、植物油に水素を添加して人工的に固める「部分水素添加」という製法で作られていました。この過程でトランス脂肪酸が多く発生していたため、心疾患のリスクを高めると問題視されたのです。しかし、この数十年で油脂業界の技術は飛躍的に進歩しました。
現在、日本国内で販売されている家庭用ショートニングの多くは、製法が改良されています。「エステル交換」などの新しい技術を使うことで、トランス脂肪酸の含有量を大幅に低減することに成功しています。昔のイメージのまま「ショートニング=危険」と単純に決めつけるのではなく、最新の製品情報を確認することが大切です。
トランス脂肪酸フリー・低減製品の選び方
製菓材料店やスーパーの棚をよく見ると、「トランス脂肪酸フリー」や「トランス脂肪酸低減」とパッケージに書かれたショートニングが増えていることに気づくはずです。これらの製品は、トランス脂肪酸の含有量がバターと同等、あるいはそれ以下(100g中1g未満など)に抑えられています。
パッケージの裏面やメーカーの公式サイトには、分析値が公開されていることがほとんどです。特にオーガニック系のショートニング(パーム油を主原料としたものなど)は、添加物を使わずに物理的な方法で固形化しているものもあり、健康志向の方に人気です。自分や家族が食べるパンだからこそ、納得できる品質のものを選んで購入することをおすすめします。
バターにも含まれるトランス脂肪酸との比較
意外と知られていない事実ですが、実はバターや牛肉などの天然の食材にも、微量のトランス脂肪酸が含まれています。牛などの反芻(はんすう)動物の胃の中にいる微生物の働きによって生成されるためです。
食品安全委員会などの調査によると、現在の日本人の平均的な食生活において、トランス脂肪酸の摂取量はWHO(世界保健機関)が定める目標値(総エネルギー摂取量の1%未満)を大きく下回っています。もちろん摂りすぎは良くありませんが、たまに作るパンに使うショートニングの量を過度に恐れる必要はありません。むしろ、バターとショートニングのどちらを使うかよりも、パンと一緒に食べる食事全体の栄養バランスを考える方が、健康にとっては有益だと言えるでしょう。
ショートニングが適しているパンの種類

ショートニングの特性がわかったところで、具体的にどのようなパンを作る時に使えばよいのでしょうか。「このパンにはショートニングがベスト!」という相性の良い種類をご紹介します。
毎日の食卓に並ぶ食パン・サンドイッチ用
日本の食卓で最も馴染み深い「食パン」。特にサンドイッチ用にする場合、ショートニングは最適です。具材となるハム、卵、野菜などの繊細な味を邪魔せず、パン生地自体があっさりとしているため、具材との一体感が生まれます。
また、ショートニングを使うとクラスト(パンの耳)が薄く、サクッと歯切れよく焼き上がります。耳まで柔らかく食べやすい食パンを目指すなら、バターよりもショートニング、あるいはバターとショートニングを半々で配合するのがおすすめです。翌日になってもパサつきにくいため、お弁当のサンドイッチにもぴったりです。
具材を引き立てる惣菜パン・菓子パン
カレーパン、焼きそばパン、ウインナーロールなどの惣菜パンも、ショートニングの得意分野です。これらのパンは具材の味が濃いため、生地にバターの強い風味があると味が喧嘩してしまうことがあります。ショートニングを使うことで、ボリューム感のあるふっくらとした生地になり、冷めても固くなりにくいので、作り置きにも向いています。
また、メロンパンの上の「クッキー生地」作りにもショートニングは活躍します。バターを使うとしっとりとしたクッキーになりますが、ショートニングを使うと、お店のような「カリカリ・サクサク」とした軽い食感のクッキー生地に仕上がります。
外側をパリッとさせたいハード系のパン
バゲットなどのハード系パンには基本的に油脂を入れませんが、「セミハード」と呼ばれる、少し柔らかめで食べやすいパンには油脂を入れることがあります。この時、バターを入れると皮(クラスト)が柔らかくなりすぎてしまいますが、ショートニングであれば皮のパリッとした食感を損ないません。
また、ピザ生地やフォカッチャを作る際にも、オリーブオイルの代わりにショートニングを使うレシピがあります。オリーブオイルだとモチモチ感が強くなりますが、ショートニングを使うと、クリスピーで軽い、スナック感覚の生地になります。アメリカンタイプのサクサクしたピザが好きな方は、ぜひ試してみてください。
ショートニングがない時の代用と配合のコツ

「レシピにはショートニングとあるけれど、手元にない!」そんな時に役立つ代用テクニックと、失敗しないための配合のコツをご紹介します。
サラダ油や太白胡麻油で代用する場合
ショートニングと同じ「無味無臭」という点では、サラダ油や太白胡麻油(焙煎していない白い胡麻油)が代用候補になります。ただし、これらは「液体油脂」であるため、パンの仕上がりが大きく変わります。
液体の油は生地によく馴染みますが、ショートニングのような「可塑性(形を保つ力)」がありません。そのため、生地が少しダレやすく、焼き上がりも上に伸びにくくなります。食感はサクサクというより、しっとりと柔らかい、あるいは少しモチっとした食感になります。代用する場合は、ショートニングと同量で問題ありませんが、ベタつきやすくなるため、最初は水分を少し(5〜10ml程度)減らして様子を見ると失敗が少なくなります。
バターやマーガリンに置き換える時の注意点
バターやマーガリンで代用する場合、ショートニングと同量(1:1)で置き換えて基本的には大丈夫です。ただし、前述の通り「風味」がつきます。「あっさりしたパン」を作る予定が、「リッチな香りのパン」になることを想定しておきましょう。
マーガリンは植物性油脂が主原料で加工されているため、バターよりもショートニングに近い「軽さ」を持っています。もし手元に「コンパウンドマーガリン(バター入りマーガリン)」や「ケーキ用マーガリン」があれば、バターよりもショートニングに近いふんわり感を出せるかもしれません。有塩か無塩かを確認し、有塩の場合はレシピの塩を少し減らす調整を忘れずに行いましょう。
美味しく作るための基本の配合量
自分でレシピをアレンジしてショートニングを使いたい場合、粉の量に対してどれくらい入れればよいのでしょうか。目安となる配合量を知っておくと便利です。
【油脂の配合目安(粉100%に対して)】
・フランスパン風(あっさり):0% 〜 3%
・食パン(標準的):4% 〜 6%
・菓子パン・惣菜パン:6% 〜 10%
・リッチなパン(ブリオッシュなど):15% 〜 50%
ショートニングの効果を実感するには、粉に対して5%程度(粉250gなら12〜13g)入れるのが一般的です。これ以上増やすと、生地が切れやすくなったり、オイリーになったりすることがあるので注意が必要です。最初はレシピ通りの分量で作り、慣れてきたら「バター3:ショートニング2」のようにブレンドして、風味と食感のいいとこ取りをするのも高度なテクニックです。
まとめ:ショートニングの特徴を理解してパン作りを楽しみましょう

ショートニングは単なるバターの安価な代用品ではなく、「サクサクとした軽い食感」「冷めても美味しい柔らかさ」「素材の味を活かす無味無臭さ」といった独自のメリットを持つ優れた製パン材料です。特に、毎日の食事パンやサンドイッチ用の食パン、サクッとした歯切れを重視したいパンには欠かせない存在と言えます。
かつて懸念されていたトランス脂肪酸についても、技術の進歩により現在は安全性の高い製品が多く出回っています。過度に恐れることなく、パッケージの表示を確認して選ぶことで、安心して使うことができます。
「今日はリッチな香りのバターで」「明日はサンドイッチ用にショートニングであっさりと」というように、作りたいパンのイメージに合わせて油脂を使い分けることができれば、あなたのパン作りはもっと自由で楽しいものになるはずです。ぜひ一度、ショートニングを使ったパンならではの「軽やかさ」を体験してみてください。



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