パン作りを始めると、レシピの中に「生地を分割する」や「カードで集める」といった工程が必ずと言っていいほど出てきます。「専用の道具が必要なの?」「家にある包丁ではダメなの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
実は、パン生地を切る専用の道具を使うことは、単に作業がしやすくなるだけでなく、パンの仕上がりを左右する重要なポイントでもあります。生地を傷めずに扱うことで、ふっくらとした美味しいパンが焼き上がるのです。
この記事では、パン生地を切る道具の名前や種類の違い、選び方のポイントから、手元にない場合の代用方法までをやさしく解説します。これから道具を揃える方も、今あるもので工夫したい方も、ぜひ参考にしてみてくださいね。
パン生地を切る道具の名前とは?基本を知ろう

パン作りの本や動画を見ていると、生地を切ったり集めたりする板状の道具が登場します。これらは一般的に「スケッパー」や「ドレッジ」などと呼ばれていますが、厳密には形状や素材によって呼び分けられることが多いです。
まずは、それぞれの道具の名前と特徴について整理しておきましょう。呼び方が混在していることも多いので、特徴を知っておくと迷わずに選べるようになります。
「スケッパー」と「ドレッジ(カード)」の違い
「スケッパー」と「ドレッジ」は、どちらもパン作りで使われる板状の道具ですが、その役割には少し違いがあります。一般的に、持ち手が付いている金属製のものを「スケッパー」と呼びます。刃が鋭く丈夫なため、生地をスパッと切断する能力に長けているのが特徴です。
一方、持ち手がなく、プラスチックや樹脂で作られた平らな板状のものを「ドレッジ」と呼びます。「カード」と呼ばれることもありますね。こちらは適度な柔軟性があり、軽くしなるのが特徴です。生地を切るだけでなく、ボウルの中の生地をきれいにすくい取ったり、混ぜたりする作業にも向いています。
どちらも「スクレーパー(こそげ取るもの)」という大きな分類に含まれる道具ですが、パン作りにおいては「切る作業が得意なスケッパー」と「集める作業が得意なドレッジ」というふうに、得意分野が少し異なると覚えておくと良いでしょう。
なぜ専用の道具を使うと美味しくなるの?
「包丁で切ればいいじゃない」と思うかもしれませんが、専用の道具を使うのには大きな理由があります。それは、パン生地のグルテン構造を壊さないためです。パンのふんわりとした食感は、生地の中にできたグルテンの膜がガスを包み込むことで生まれます。
包丁を使って野菜を切るように「引いて」切ってしまうと、生地が引きずられて断面が潰れ、せっかくのグルテン膜が傷ついてしまいます。その結果、ガスが抜けやすくなり、膨らみの悪いパンになってしまうことがあるのです。
スケッパーやドレッジを使えば、上から垂直に力を加える「押し切り」が簡単にできます。これにより、生地へのダメージを最小限に抑え、きれいな断面を保ったまま分割することができます。この「生地への優しさ」が、最終的なパンの美味しさに繋がっているのです。
どっちを買うべき?初心者へのいちおし
これから初めてパン作りの道具を揃えるという初心者の方には、まずはプラスチック製の「ドレッジ(カード)」をおすすめします。理由は、その万能さにあります。
ドレッジは生地を切ることはもちろん、ボウルの中で材料を混ぜ合わせたり、発酵後の生地を優しく取り出したり、作業台にこびりついた生地を掃除したりと、1枚で何役もこなしてくれます。価格も手頃で、扱いも難しくありません。
もちろん、硬めのパンを頻繁に焼くようになったり、より効率よく分割作業をしたくなったりしたら、ステンレス製のスケッパーを買い足すのが理想的です。しかし、最初の1枚としては、使い勝手の良いドレッジがあれば、ほとんどの工程をカバーできるでしょう。
素材で変わる使い勝手!ステンレスとプラスチックの特徴

パン生地を切る道具には、主に「ステンレス製」と「プラスチック製」の2種類があります。それぞれの素材にはメリットとデメリットがあり、作るパンの種類や作業の段階によって使い分けると非常に便利です。
ここでは、素材ごとの詳しい特徴と、どのようなシーンで活躍するのかを解説します。ご自身の作りたいパンや作業スタイルに合わせて選んでみてください。
スパッと切れる「ステンレス製」
ステンレス製のスケッパーの最大の特徴は、なんといってもその切れ味の良さです。刃先が鋭く薄いため、弾力のあるパン生地でも力を入れずにスパッと切ることができます。断面がつぶれにくいので、フランスパンのようなハード系のパンや、デリケートな生地を扱う際に特に重宝します。
また、耐久性が高く、熱にも強いのがメリットです。長く使っても変形しにくく、衛生的に保ちやすい点も魅力でしょう。持ち手(ハンドル)が付いているタイプが多く、握りやすいため、大量の生地を次々と分割する場合でも手が疲れにくいという利点があります。
一方で、金属製であるため、ボウルや作業台を傷つけてしまう可能性があります。特にシリコンマットの上で作業する場合は、マットを切ってしまう恐れがあるため使用には注意が必要です。また、柔軟性がないため、ボウルのカーブに沿って生地を集めるような作業には不向きです。
万能に使える「プラスチック製」
プラスチック製(または樹脂製)のドレッジやスケッパーは、適度な「しなり」があるのが特徴です。この柔軟性を活かして、ボウルの丸いカーブにぴったりとフィットさせ、生地を無駄なくきれいにすくい取ることができます。
素材が柔らかいため、作業台やボウルを傷つける心配が少なく、お子様と一緒にパン作りをする際にも安心して使えます。生地を切る能力はステンレス製には劣りますが、一般的な柔らかいパン生地であれば問題なく押し切ることができます。
さらに、プラスチック製は「混ぜる」作業にも使えます。バターを生地に練り込んだり、クッキー生地のように粉と油分を切り混ぜたりする工程でも大活躍します。1枚で「混ぜる・すくう・切る・掃除する」のすべてをこなせるため、洗い物を減らしたい方にもぴったりです。
サイズや形状の選び方ポイント
素材が決まったら、次はサイズや形にも注目してみましょう。一般的なサイズは幅が12cm〜15cm程度のものが多いですが、自分の手の大きさに合ったものを選ぶことが大切です。
女性の手には、幅12cm〜13.5cmくらいのものが扱いやすいと言われています。大きすぎると握りにくく、力がうまく伝わらないことがあります。
形状については、長方形の片側がカーブしている「D型(半円型)」のものが主流です。直線の辺で生地を切り、カーブの辺でボウルの内側をこそげ取ることができるため、非常に機能的です。四角い形のものもありますが、ボウルでの作業を考えると、少なくとも一辺がカーブしているものを選ぶと良いでしょう。
また、表面にエンボス加工(凸凹加工)が施されているものは、生地がくっつきにくくて便利です。目盛りがついているタイプだと、生地を均等なサイズに分割する際の目安になり、初心者の方には特におすすめです。
パン生地を切る道具の正しい使い方とコツ

道具を手に入れたら、正しい使い方をマスターしましょう。ただ漫然と使うのではなく、ちょっとしたコツを意識するだけで、生地へのダメージが減り、作業効率が格段にアップします。
ここでは、基本となる「切る」「集める」「掃除する」という3つの動作について、具体的なポイントを紹介します。
生地を傷めない「切り方」の基本
パン生地を切る際は、「上から垂直に押して切る」のが鉄則です。スケッパーやドレッジを生地に対して真上から当て、そのまま下に向かってグッと押し込みます。この時、ノコギリのように前後に動かしたり、引きずったりしないように注意しましょう。
生地が刃にくっついて切りにくい場合は、刃先に軽く強力粉(手粉)をつけるとスムーズに入ります。また、切った後に生地を引き離す際も、無理に引っ張らず、スケッパーを少し横にずらすようにすると、断面をきれいに保てます。
分割する際は、目分量で切るのではなく、スケール(はかり)を使いながら行います。最初に生地全体の重さを量り、それを分割数で割って1個あたりの目標重量を決めます。スケッパーで大まかに切り分け、足りない分は小さな切れ端を足して調整しますが、なるべく切れ端が出ないように切るのが、きれいなパンを作るコツです。
ボウルから生地をきれいに「集める」
プラスチック製のドレッジを使う場合、そのカーブを利用してボウルの中の生地を集めることができます。コツは、ドレッジのカーブをボウルの内側にしっかり密着させ、手首を使って底からすくい上げるように動かすことです。
生地をこねている最中も、周りに飛び散った生地をこまめに中央に集めることで、生地全体が均一に混ざりやすくなります。また、一次発酵が終わった生地をボウルから取り出す際も、ドレッジを差し込んで隙間を作り、重力を使って優しく落下させるようにすると、生地のガスを抜きすぎずに移動できます。
作業台の掃除にも大活躍
パン作りが終わった後の作業台には、粉や乾燥した生地がこびりついていることがよくあります。これをスポンジでいきなり洗おうとすると、スポンジが目詰まりして大変なことになりますよね。
そんな時こそ、スケッパーやドレッジの出番です。こびりついた生地汚れに対して、刃を斜めに当ててガリガリと削り取るように動かします。ステンレス製ならより強力に、プラスチック製でも十分きれいに汚れを集めることができます。
集めたゴミを捨ててから、濡れ布巾で拭き上げれば、後片付けが驚くほど簡単になります。道具を洗う前に、まずは道具を使って掃除をする。これがパン作りの片付けを楽にするプロのテクニックです。
専用道具がない!家にあるもので代用できる?

「今すぐパンを作りたいけれど、スケッパーがない!」という場合もあるでしょう。専用の道具がベストですが、家庭にあるキッチンツールで代用することも可能です。
ただし、代用品を使う場合にはいくつかの注意点があります。どのような道具が使えて、何に気をつければ良いのか、具体的に見ていきましょう。
包丁やナイフを使う時の注意点
もっとも身近な刃物である「包丁」は、生地を切る代用品として使えます。ただし、先ほども触れたように、引いて切ると生地が傷んでしまいます。包丁を使う場合でも、できるだけ刃の直線部分を使って「押し切り」をするように意識してください。
また、包丁は刃が鋭利すぎるため、作業台(特にシリコンマットや木製の台)を傷つけてしまうリスクが高いです。まな板の上で作業するか、刃の背(みね)の部分を使って切るという裏技もあります。
包丁の背を使う場合は、切れ味は落ちますが、台を傷つける心配がなく、押し切る動作もしやすくなります。ただし、生地がくっつきやすいので、しっかりと粉をまぶしてから使いましょう。
フライ返しやゴムベラは使える?
キッチンにある「フライ返し(ターナー)」も、形状によっては代用可能です。特に金属製のフライ返しは、縁が薄くなっているものが多く、押し切る動作がしやすいでしょう。ただし、持ち手の角度がついているため、真上から力を入れにくいのが難点です。
プラスチック製やナイロン製のフライ返しなら、ドレッジのように生地を集める作業にも使えます。ゴムベラは「混ぜる・集める」作業には最適ですが、柔らかすぎて「切る」作業には不向きです。ゴムベラで無理に切ろうとすると、生地がちぎれてしまうことがあります。
もし代用する場合は、「切る作業は包丁」「集める作業はゴムベラ」といったように、役割に応じて道具を使い分けるのが良いでしょう。
100円ショップの道具でも大丈夫?
「専用の道具を買うのはハードルが高いけど、代用品では使いにくい…」そんな方は、ぜひ100円ショップを覗いてみてください。ダイソーやセリアなどの100円ショップでは、製菓・製パンコーナーに「スケッパー」や「ドレッジ」が販売されています。
その多くはプラスチック製ですが、初心者の方が最初に使う分には十分な機能を備えています。中には、2枚セットになっているものや、目盛りがついているものもあり、コストパフォーマンスは抜群です。
100円ショップのものは、専門店の商品に比べると少し素材が硬かったり、耐久性が低かったりすることもありますが、パン作りの楽しさを知るための第一歩としては申し分ありません。
まずは100均の道具から始めてみて、「もっときれいに切りたい」「もっとしなるものが欲しい」と感じたら、製菓材料店でプロ仕様の道具にステップアップするのも賢い方法です。
まとめ:パン生地を切る道具を使いこなして美味しいパンを

パン生地を切る道具について、名前の違いから選び方、代用方法までをご紹介しました。最後に要点を振り返ってみましょう。
生地を切るのが得意な金属製の「スケッパー」と、万能に使えるプラスチック製の「ドレッジ(カード)」。それぞれに特徴がありますが、初心者の最初の一枚としては、プラスチック製のドレッジがおすすめです。切る・混ぜる・集める・掃除するといった多様な作業をこれ一つでこなせます。
また、専用の道具を使う最大のメリットは、生地を傷めずに分割できることです。グルテンの膜を守ることで、焼き上がりのふっくら感が変わってきます。もし手元にない場合は包丁などで代用も可能ですが、生地を「押し切る」ことを常に意識してください。
たった数百円の道具一つで、パン作りの作業効率と仕上がりのクオリティは劇的に変わります。ぜひ、自分に合った「パン生地を切る道具」を見つけて、より楽しく、美味しいパン作りライフを送ってくださいね。




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