「自宅でお店のようなパリッとしたフランスパンを焼いてみたい」
パン作りをしていると、誰もが一度はそんな憧れを抱くのではないでしょうか。強力粉で焼くパンも美味しいけれど、ハード系のパン特有のあの香ばしさや、軽やかな食感を出すには、少しだけ特別な材料が必要です。その代表格と言えるのが、今回ご紹介する「リスドォル」です。
レシピ本や製菓材料店でよく見かけるこの名前、気になってはいたけれど「普通の強力粉と何が違うの?」「使いこなせるか不安」と感じている方も多いはずです。実は、リスドォルは初心者の方にこそ使ってほしい、パン作りのレベルを一気に引き上げてくれる素晴らしい小麦粉です。この記事では、リスドォルの特徴から、なぜ美味しく焼けるのかという秘密、そして失敗しない扱い方まで、やさしく丁寧に解説していきます。
リスドォルとはどんな小麦粉?基本を知ろう

パン作りのレシピを見ていると、フランスパンやハード系のパンの材料欄に必ずと言っていいほど登場する「リスドォル」。まずは、この粉が一体どのようなものなのか、その正体と基本的なスペックについて詳しく見ていきましょう。
フランスパン専用に作られた「準強力粉」
リスドォルを一言で表すなら、「日本で最も有名なフランスパン専用の小麦粉」です。分類としては「準強力粉(じゅんきょうりきこ)」にあたります。
普段、食パンや菓子パンを作るときには「強力粉」を使いますし、ケーキやクッキーには「薄力粉」を使いますよね。準強力粉は、ちょうどその中間に位置する小麦粉です。
強力粉ほどグルテン(粘り気と弾力)が強くないため、生地がガッチリと固くなりすぎず、適度な伸びの良さがあります。この性質が、フランスパン特有の「パリッとした皮(クラスト)」と「大小の気泡が入った軽い中身(クラム)」を作り出すために欠かせないのです。強力粉で作るフランスパンが「もちもち」しすぎてしまうのに対し、リスドォルを使うと「サクッ」とした歯切れの良さが生まれます。
タンパク質と灰分量が作る「黄金のバランス」
小麦粉の性質を決める重要な数値に「タンパク質含有量」と「灰分(かいぶん)」があります。リスドォルはこの数値のバランスが絶妙に設計されています。
一般的に、リスドォルのタンパク質は約10.7%、灰分は約0.45%です。
タンパク質が12%前後の強力粉に比べて数値が低いことが、先ほど触れた歯切れの良さに繋がります。一方で、注目したいのが「灰分」です。これは小麦の外皮や胚芽に含まれるミネラル分のことで、数値が高いほど小麦本来の香りが強く、深い味わいになります。真っ白な小麦粉よりも少しだけくすんだ色をしているのは、このミネラル分が豊富に含まれている証拠。この灰分が、噛めば噛むほど広がる奥深い旨味の源となっているのです。
日清製粉が開発した50年以上の歴史
「リスドォル(Lys d’Or)」という名前は、フランス語で「金のゆり」を意味します。ゆりの花はかつてフランス王家の紋章にも使われていた、伝統と格式の象徴です。
この粉が誕生したのは、今から50年以上前のこと。当時、日本では本場のフランスパンのような味を再現するのが非常に困難でした。その理由は、日本で手に入る小麦粉の質がフランスのものとは異なっていたからです。
「日本でも、本場フランスの味を家庭やベーカリーで再現したい」という熱い想いから、日清製粉が長年の研究を重ねて開発しました。北米産の小麦をベースにしながらも、フランス産小麦の性質に限りなく近づけたこの粉は、日本のフランスパン文化を切り拓いたパイオニア的な存在と言えます。今ではプロのパン職人から家庭のベイカーまで、幅広く愛され続けています。
含まれている「モルトパウダー」の重要な役割
リスドォルの原材料表示を見ると、小麦粉の他に「粉末麦芽(モルトパウダー)」と書かれていることに気づくでしょう。実はこれが、リスドォルをリスドォル足らしめている大きな秘密です。
フランスパンは基本的に砂糖を入れずに作ります。通常、イースト菌は砂糖をエサにして発酵(炭酸ガスを出すこと)しますが、砂糖がない生地では発酵がスムーズに進みません。
そこで活躍するのがモルトパウダーです。モルトに含まれる酵素が小麦のデンプンを糖に分解し、イーストのエサを作ってくれます。さらに、この糖が焼成時に熱と反応して、あの食欲をそそるキツネ色の焼き色(メイラード反応)を生み出します。リスドォルを使えば、砂糖なしでも十分に膨らみ、美味しそうな焼き色がつくのは、このモルトパウダーがあらかじめ最適な量で配合されているからなのです。
リスドォルを使うとパンはどう変わる?魅力と特徴

「粉を変えるだけで、そんなに味が変わるの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。しかし、実際に焼き比べてみると、その違いは歴然です。ここでは、リスドォルを使って焼いたパンが持つ、具体的な魅力について深掘りします。
「パリッ」と音がする香ばしいクラスト(外皮)
リスドォル最大の特徴は、なんといっても焼き上がったパンの「皮(クラスト)」の食感です。
オーブンから出したばかりの焼きたてフランスパンにナイフを入れると、「パリパリッ」という乾いた良い音が響きます。これは強力粉だけではなかなか出せない音です。
準強力粉であるリスドォルはグルテンが強すぎないため、生地が伸びやすく、焼いている最中にオーブンの熱で一気に膨らんだ際、表面が薄く引き伸ばされます。その薄い膜が高温で焼かれることで、せんべいのような香ばしさと、ガラスのように繊細でクリスピーな食感が生まれるのです。口に入れた瞬間に弾けるような食感と香ばしさは、リスドォルならではの体験と言えるでしょう。
口どけが良く、味わい深いクラム(中身)
外側のパリパリ感に対して、中身(クラム)の食感も非常に特徴的です。強力粉で作るパンが「もちもち、ふんわり」とした弾力を重視するのに対し、リスドォルのパンは「しっとり、もっちり」としつつも、口の中ですっと解けるような「歯切れの良さ」があります。
グルテンの粘りが適度であるため、噛んだ時にゴムのような抵抗感が少なく、とても食べやすいのです。また、気泡(穴)が大小不規則に入りやすく、見た目にも本格的な仕上がりになります。この気泡の膜が薄いことで、口に入れた時に軽さを感じさせ、スープや料理と一緒に食べた時にも、主役を邪魔せず、それでいて存在感のある絶妙なバランスを保ってくれます。
噛みしめるほどに感じる小麦本来の甘み
味の面で最も感動するのは、その「旨味」と「甘み」でしょう。砂糖を一切入れていないフランスパンでも、リスドォルで作ったものをよく噛んで味わってみてください。じんわりと自然な甘みが口いっぱいに広がります。
これは、先ほど説明した「灰分(ミネラル)」の風味と、モルトパウダーの酵素によって分解されたデンプンの甘みによるものです。強力粉(特に精製度の高いもの)は淡白であっさりした味になりがちですが、リスドォルは穀物本来の力強い風味を持っています。バターやジャムをつけなくても、パンそのものの味だけで美味しく食べ続けられる。そんな「粉の味」を感じられるのが、多くのパン好きを虜にする理由です。
リスドォルで作るのに最適なパンの種類

フランスパン用粉として有名なリスドォルですが、実は作れるパンはそれだけではありません。その特性を活かせば、さまざまな種類のパンをワンランク上の味に仕上げることができます。
王道のフランスパン(バゲット・バタール)
やはり一番のおすすめは、バゲットやバタールなどのハード系パンです。リスドォルが開発された目的そのものですから、相性は抜群です。
材料は「リスドォル、塩、水、イースト」の4つだけ。非常にシンプルですが、だからこそ粉の実力がダイレクトに出ます。
初心者の方は、まずはクープ(切れ込み)の開き具合や気泡の状態を気にしすぎず、このシンプルな材料で焼いてみてください。「お店の香りがする!」と感動するはずです。バゲットサンドにしたり、オリーブオイルと塩で食べたりと、日常の食卓がビストロのような雰囲気に変わります。
サクサク感が命のクロワッサンやデニッシュ
バターを折り込んで作るクロワッサンやデニッシュペストリーにも、リスドォルは最適です。
強力粉100%で作ると、グルテンの力が強すぎて生地が縮みやすく、層がきれいに浮き上がらなかったり、食感が「パンっぽい(もちもちしすぎる)」仕上がりになったりすることがあります。
一方、リスドォルを使うと、生地が素直に伸びてくれるのでバターの折り込み作業がしやすく、焼き上がりはハラハラと崩れるような軽い層になります。サクサクとした食感を重視したいリッチなパンやお菓子には、薄力粉をブレンドする手間なく、リスドォル単体で理想的な食感を作ることができます。
実は美味しいハードトーストや食パン
意外かもしれませんが、食パン(角食や山食)をリスドォルで焼くのもファンが多い使い方です。
「ハードトースト」と呼ばれるジャンルのパンになりますが、砂糖や油脂を控えめにしてリスドォルで食パンを焼くと、トーストした時に驚くほどサックリとした軽い食感になります。
毎朝のトーストが「もちもち」よりも「サクサク」派の方には特におすすめです。耳の部分も硬すぎず、香ばしいクッキーのような味わいになります。また、具材を混ぜ込む場合も、生地が重くなりすぎないので、ドライフルーツやナッツの食感を活かした食パンが作れます。
ピザ生地やベーグルにもおすすめな理由
ピザ生地にリスドォルを使うと、ナポリピッツァのような「外はカリッ、中はもちっ」とした本格的な食感が手軽に再現できます。強力粉だとパンピザになりがちですが、リスドォルなら薄く伸ばすのも容易で、耳(コルニチョーネ)の部分まで美味しく食べられます。
また、ベーグル作りにも向いています。ニューヨークスタイルのような「ガシッ」と詰まった硬いベーグルではなく、噛み切りやすく歯切れの良い、ソフトなベーグルを作りたい時にはリスドォルが活躍します。サンドイッチにする際も具材と一緒に噛み切りやすいので、食べやすさが向上します。
初心者でも失敗しないリスドォルの扱い方とコツ

強力粉と同じ感覚でリスドォルを扱うと、「生地がベタベタする」「なかなかまとまらない」と戸惑うことがあります。しかし、いくつかのポイントさえ押さえれば決して難しくはありません。
水分量の調整が最大のポイント
リスドォルを扱う際に一番気をつけたいのが「加水(水分量)」です。
一般的に、タンパク質が少ない粉ほど吸水率は低くなります。強力粉のレシピのままの水分量でリスドォルを使うと、水が多すぎてデロデロの生地になってしまうことがあります。
初めてリスドォルを使う場合は、レシピの水分量を少し(5〜10ml程度)減らして様子を見るか、水を全量入れずに少し残しておき、生地の硬さを見ながら足していくのが賢明です。ただし、フランスパンはあえて水分を多くして気泡を作る場合もあるので、そのレシピが「リスドォル指定」なのか「強力粉指定」なのかを確認することが大切です。
捏ねすぎないことが美味しい生地の秘訣
食パン作りでは「薄い膜ができるまでしっかり捏ねる」のが基本ですが、リスドォルでハード系のパンを作る場合は「捏ねすぎない」ことが重要になるケースが多いです。
グルテンを強化しすぎると、引きが強くなりすぎてしまい、せっかくの歯切れの良さが失われてしまいます。表面がつるんとなるまで必死に捏ねるのではなく、粉気がなくなってある程度繋がったらOKとするレシピもたくさんあります。
発酵時間を上手に見極める方法
リスドォルにはモルトパウダーが入っているため、砂糖が入っていない生地でも比較的発酵がスムーズに進みます。
しかし、砂糖たっぷりの菓子パン生地に比べれば、発酵のスピードは緩やかです。イーストの量にもよりますが、「まだ膨らんでいないかな?」と思って長時間放置しすぎると、過発酵になり、アルコール臭がきつくなったり、焼いた時に腰折れしたりする原因になります。
時間だけで判断せず、必ず「大きさ(元の生地の2倍〜2.5倍)」や「フィンガーテスト(指を刺して穴が塞がらないか)」で生地の状態を確認しましょう。特に夏場はモルトの酵素の働きも活発になるため、生地がダレやすくなるので注意が必要です。
手に入らない時の対処法と代用テクニック

「今日すぐに作りたいのにリスドォルがない!」という場合や、近所のスーパーで売っていない場合もあります。そんな時に役立つ代用方法を知っておくと便利です。
強力粉と薄力粉をブレンドする方法
最も一般的な代用方法は、強力粉と薄力粉を混ぜて、タンパク質量をリスドォル(準強力粉)に近づける方法です。
基本の比率は「強力粉 8 : 薄力粉 2」です。
あるいは「7:3」にすることもあります。これを混ぜ合わせることで、グルテンの強さが緩和され、歯切れの良い食感に近づけることができます。
ただし、これはあくまで「食感(タンパク質量)」を近づけるための代用です。リスドォル特有の灰分による風味や、モルトによる発酵・焼き色の良さまでは再現できない点には注意が必要です。
他メーカーの準強力粉(フランス粉)との比較
製菓材料店に行くと、リスドォル以外にも様々な「準強力粉(フランスパン用粉)」が売られています。例えば「E65」「タイプER」「トラディショナル」などです。
これらはすべて準強力粉ですが、小麦の産地や灰分の量が微妙に異なります。
・E65(北海道産):国産小麦特有のもちもち感が強く、甘みが強い。
・タイプER(北海道産):E65よりさらにハード系向きで、扱いやすい。
・トラディショナル(日清製粉):リスドォルよりもさらに本場のフランスパンに近く、やや扱いが難しい上級者向け。
もしリスドォルが売り切れでも、これらの粉があれば代用は可能です。ただし、吸水率が微妙に違うので、水加減の調整は必要になります。
保存方法と賞味期限について
リスドォルに限らず、小麦粉は湿気とダニが大敵です。
特にリスドォルなどの準強力粉は、強力粉ほど回転が速くない家庭も多いでしょう。使いかけの粉は、袋の口をしっかりと閉じて、密閉容器(タッパーなど)に入れましょう。
おすすめの保存場所:
基本は直射日光の当たらない涼しい場所(冷暗所)です。夏場や、長期間使わない場合は、密閉して「野菜室」で保存するのがベストです。冷蔵庫内は乾燥しており、ダニの繁殖も防げます。
賞味期限は未開封で半年程度が目安ですが、開封後はなるべく早く(1〜2ヶ月以内)使い切ることで、美味しい風味を保つことができます。
まとめ:リスドォルとはパン作りを楽しくする魔法の粉

今回は、フランスパン用粉の代表格である「リスドォル」について、その特徴や使い方を詳しく解説してきました。
リスドォルとは、「準強力粉」という絶妙なグルテンバランスを持ち、モルトパウダーの力で香り高く、パリッとした食感のパンを焼き上げてくれる魔法のような小麦粉です。ハード系のパンだけでなく、クロワッサンやピザ、いつもの食パンまで、使い方次第でパン作りの幅を大きく広げてくれます。
「扱いが難しそう」と敬遠していた方も、水分量や捏ね方に少しだけ気をつければ、きっと驚くほどお店のような味に出会えるはずです。次にスーパーや製菓材料店に行った際は、ぜひあの「青いストライプ」や「リスドォル」と書かれたパッケージを手に取ってみてください。あなたのパン作りライフが、より一層楽しく、美味しいものになることを願っています。




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