「家庭で焼いたパンが、翌日にはどうしても硬くなってしまう」「お店のような、しっとりと口どけの良い食感が出せない」……そんな悩みを抱えていませんか?もし、あなたが普段「ストレート法(すべての材料を一度に混ぜる方法)」で作っているなら、ぜひ一度挑戦してほしいのが「中種法(なかだねほう)」です。
大手製パンメーカーや街のベーカリーでは当たり前のように使われているこの製法。少しの手間と時間を加えるだけで、パンのボリューム、食感、そして日持ちが劇的に向上します。「難しそう」と敬遠されがちですが、理屈さえわかれば家庭でも十分に再現可能です。この記事では、中種法のメカニズムから、70%中種や100%中種の違い、そして失敗しないためのコツまで、どこよりも詳しく、わかりやすく解説します。
1. 中種法の基礎知識とストレート法との違い

パン作りのレシピ本を読んでいると、「ストレート法」や「中種法(スポンジ法)」といった専門用語が出てきます。まずは、中種法がどのような仕組みなのか、そしてなぜ多くのプロがこの方法を選ぶのか、その基本をしっかりと理解しましょう。
中種法(スポンジ法)とはどのような製法か
中種法とは、パン生地を作る際に、使用する小麦粉の一部(一般的には50%〜100%)と、酵母(イースト)、水を先に取り出して混ぜ合わせ、発酵させた「種(中種・スポンジ)」を作る製法のことです。この中種が十分に発酵し熟成したあとに、残りの小麦粉、砂糖、塩、油脂、卵などの副材料を加えて、もう一度こね上げて本生地を作ります。
つまり、生地作りを「中種作り」と「本ごね(本仕込み)」の2段階に分けて行うのが最大の特徴です。英語では「Sponge and Dough Method(スポンジ・アンド・ドウ・メソッド)」と呼ばれ、世界中で親しまれている伝統的かつ合理的な製パン法です。
ストレート法との決定的な違いと比較
家庭製パンで最も一般的なのは、すべての材料をボウルに入れて一度にこねる「ストレート法(直ごね法)」です。ストレート法は小麦の香りがダイレクトに感じられ、工程がシンプルで時間が短いのが長所ですが、老化(硬くなること)が早いという弱点もあります。
一方、中種法は2回に分けてこねるため手間と時間はかかりますが、時間をかけて熟成させることで生地の保水性が高まり、機械耐性(こねる力への強さ)も向上します。それぞれの違いを以下の表に詳しくまとめました。
| 比較項目 | ストレート法 | 中種法 |
|---|---|---|
| 工程の複雑さ | シンプル(1回で完了) | 2段階(中種+本ごね) |
| 所要時間 | 短い(2〜3時間程度) | 長い(中種の発酵時間が加わる) |
| 食感の特徴 | もっちり、歯切れが良い | しっとり、ふわふわ、ソフト |
| 日持ち(老化) | 硬くなりやすい | しっとり感が長く続く |
| 小麦の風味 | 強く感じる | 発酵臭(熟成香)が勝る |
| ボリューム | 標準的 | 大きく膨らむ(釜伸びが良い) |
| 生地の扱い | 弾力が強く縮みやすい | 伸展性が良く伸ばしやすい |
なぜ中種法はおいしくなるのか?科学的な理由
中種法で作ったパンがおいしくなる背景には、「水和(すいわ)」と「熟成」という科学的な現象が関わっています。
まず、中種の段階で小麦粉と水を混ぜて長時間置いておくことで、小麦粉のデンプンやタンパク質の粒子の中まで、水分がじっくりと浸透します。これを「水和」と呼びます。無理な力を加えずに時間をかけて吸水させることで、生地は水分をしっかりと抱え込み、焼成後も水分が逃げにくくなるのです。
また、長い発酵時間によってイーストが有機酸やアルコールなどの芳香成分を生成し、これがパンに深い味わいと香りを与えます。さらに、酵素の働きによってグルテンの結合がマイルドになり、非常によく伸びるしなやかな生地へと変化します。
2. 中種法を取り入れる3つの大きなメリット

手間がかかるとわかっていても、多くのプロやパン愛好家が中種法を選ぶのには、それだけの価値があるからです。ここでは、仕上がりのパンにどのような劇的な変化が起こるのか、具体的なメリットを深掘りして解説します。
驚くほどの「しっとり感」と「老化の遅さ」
家庭で焼いたパンの最大の悩みは、翌日のパサつきではないでしょうか。パンが硬くなる現象をデンプンの「老化(β化)」と呼びますが、中種法はこの老化を遅らせる効果が非常に高いです。
先ほど説明した「水和」の効果により、水分が生地の芯まで結合水として定着しているため、焼いてから時間が経っても自由水として蒸発しにくくなります。その結果、翌日や翌々日になっても、トーストせずに生食できるほどのしっとり感と柔らかさが持続します。サンドイッチ用の食パンや、数日かけて食べる大きなパンには最適な製法と言えるでしょう。
ボリュームアップとふんわりとした食感
中種法で作った生地は、ストレート法の生地に比べて非常に優れた「伸展性(伸びやすさ)」を持っています。中種を発酵させている間に、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の働きでグルテンが軟化し、風船のように無理なく伸びる構造が作られるためです。
生地がよく伸びるということは、焼成時に発生する炭酸ガスを包み込んで、破れることなく大きく膨らむことができる(ガス保持力が高い)ということです。その結果、オーブンの中でグンと背が伸びる「釜伸び」が良くなり、キメが細かく、ふんわりとしたボリュームのあるパンに焼き上がります。
発酵の風味が増し、本ごね時間が短縮される
味の面では、ストレート法がフレッシュな小麦の香りを楽しむのに対し、中種法は「芳醇な発酵風味」を楽しむパンになります。長時間の発酵過程で生成される複雑な有機酸が、パンにほのかな酸味や甘み、コクを与えます。
また、作業面でのメリットとして「本ごねの時間が短くなる」点が挙げられます。中種の段階ですでに水和とグルテン形成がある程度進んでいるため、本ごねで全ての材料を合わせた際、生地が繋がるまでの時間がストレート法の半分程度で済むこともあります。これにより、生地の酸化を防ぎ、風味豊かなパンに仕上げることができるのです。
3. 中種法のデメリットと注意すべきポイント

メリットの多い中種法ですが、もちろん良いことばかりではありません。挑戦する前に、どのようなデメリットやリスクがあるのかを理解し、対策を知っておくことが成功への鍵です。
全体の所要時間が長く、計画性が必要
最も大きなハードルは、やはり時間がかかることです。ストレート法なら計量から焼き上げまで3時間程度で済みますが、中種法では中種の発酵に2〜4時間、あるいは一晩といった時間が追加で必要になります。
「今すぐパンが食べたい」という時や、急な来客用には向きません。また、中種の発酵中は外出が可能ですが、本ごねのタイミングに合わせて帰宅する必要があるなど、生活リズムに合わせた計画的なパン作りが求められます。
計量や洗い物の手間が2倍になる
工程が2段階になるということは、計量作業も2回、こねる作業も2回、そしてボウルなどの洗い物も増えることを意味します。最初に中種の材料を計ってこね、発酵後に残りの材料を計ってまたこねる……このプロセスは、慣れるまでは少し面倒に感じるかもしれません。
また、発酵中のポウルを置いておくスペースや、材料を広げるスペースも必要になるため、キッチンの環境によっては作業が煩雑になることもあります。
中種の温度管理と「過発酵」のリスク
中種は基本的に「粉・水・イースト」のみで作られることが多く、発酵を抑制する「塩」や「砂糖」が入らない(または少ない)ため、発酵スピードが非常に早いです。特に夏場などは、中種の温度が上がりすぎるとあっという間に「過発酵」になります。
過発酵になった中種を使うと、生地のグルテンが弱くなりすぎてダレたり、焼き上がったパンから強い酸味(酸っぱいにおい)がしたりします。また、焼き色がつかずに白っぽくなったり、パサついた食感になる原因にもなります。ストレート法以上に、温度管理にはシビアになる必要があります。
4. 「70%中種」だけじゃない!中種法のバリエーション

一口に中種法と言っても、中種に配合する小麦粉の割合によっていくつかの種類があります。それぞれの特徴を知ることで、自分の作りたいパンに合わせて使い分けることができるようになります。
基本の王道「70%中種法」
最も一般的で、家庭でもプロの現場でも採用されているのが「70%中種法」です。小麦粉全体の70%を中種にし、残りの30%を本ごねで加えます。
この比率は、中種のメリット(発酵風味、ボリューム、ソフトさ)と、本ごねで加える新しい小麦粉の風味やグルテンの力のバランスが非常に良いためです。食パン、菓子パン、惣菜パンなど、あらゆるソフト系のパンに対応できる万能な比率と言えます。初心者がまず覚えるべきは、この70%中種法です。
究極の柔らかさ「100%中種法」
小麦粉の全量(100%)を中種にしてしまう製法です。本ごねでは、砂糖、塩、油脂、卵などの副材料のみを加えてこねます。
最大の特徴は、究極のソフトさとボリュームです。全ての粉が十分に水和・発酵するため、口どけは最高レベルになります。しかし、本ごねの際に「新しい粉」が入らないため、生地をつなぐのが非常に難しく、ベタつきやすいため、高度な製パン技術(ミキシング技術)が必要になります。また、小麦の香りはほとんど飛び、発酵の風味が支配的になります。
甘いパンに最適「加糖中種法」
通常の中種には砂糖を入れませんが、菓子パンなど糖分の多いリッチな生地を作る際に採用されるのが「加糖中種法」です。中種の中に少量の砂糖(粉に対して3〜5%程度)を加えて発酵させます。
砂糖を少し入れておくことで、イーストが糖に慣れた状態(馴養・じゅんよう)になり、本ごねで大量の砂糖が入ってきても、浸透圧のショックを受けずにスムーズに発酵を続けることができます。あんパンやクリームパンなど、甘い生地を作る際におすすめの手法です。
5. 実践!70%中種法の配合計算と手順の流れ

それでは、実際に中種法でパンを作るための具体的な手順を解説します。ここでは最も基本となる「70%中種法」を例に、配合の計算方法からこね上げまでのポイントを見ていきましょう。
Step 1:レシピの変換と配合計算
手持ちのストレート法のレシピを中種法に変換する場合、まずは材料を「中種用」と「本ごね用」に振り分ける計算を行います。
強力粉の総量が300gのレシピの場合
■中種(最初に混ぜて発酵させるもの)
- 強力粉:210g(総量の70%)
- 水:126g〜130g(中種の粉に対して約60%程度)
- イースト:全量(レシピ記載の分量そのまま)
- (※加糖中種の場合はここに少量の砂糖を入れる)
■本ごね(発酵後に加えるもの)
- 強力粉:90g(残りの30%)
- 砂糖、塩、油脂、スキムミルク、卵など:全量
- 水:残りの調整水(レシピの総水分量から中種で使った分を引いた量、さらに少し減らして調整)
Step 2:中種作りと「中種落ち」の見極め
中種用の材料(強力粉、水、イースト)をボウルに入れて混ぜ合わせます。ここではグルテン膜ができるまで一生懸命こねる必要はありません。粉っぽさがなくなり、表面が少しなめらかになる程度で十分です。
これを25℃〜28℃程度の場所で2〜4時間ほど発酵させます。
発酵完了の最大のサインは「中種落ち(なかだねおち)」です。中種は発酵のピークを迎えると、中央部分が少し窪んで「プシュッ」と沈み始めます。これは、グルテンの網目構造が最大まで伸びきり、これ以上ガスを支えられなくなった合図です。
見た目は元の大きさの3倍〜4倍ほどになり、内部には細かい気泡が蜂の巣のように広がっています。強いアルコール臭や少し酸味のある香りがすれば、熟成成功です。
Step 3:本ごねのミキシングポイント
本ごねの工程に入ります。本ごね用の粉や砂糖、塩などを入れたボウルに、出来上がった中種を加えます。
この時、中種をそのままドカンと入れるのではなく、細かくちぎって分散させて入れるのがポイントです。こうすることで、新しい材料と素早く均一に混ざり合います。
ミキシングを開始すると、最初はベタつくかもしれませんが、中種のグルテンがすでにできているため、驚くほど早く生地がまとまってきます。油脂を加えてさらにこね、薄い膜ができるまで仕上げましょう。
こね上げ後は、通常よりも短い時間(15分〜30分程度)の「フロアタイム(一次発酵)」を取ります。これは生地を発酵させるというより、こねることで硬くなった生地を緩ませるための休憩時間です。
6. 応用編:オーバーナイト法と組み合わせるコツ

「中種を作るのに4時間も待てない!」という方に最適なのが、冷蔵庫を使って一晩かけて発酵させる「オーバーナイト中種法(宵種法)」です。プロも多用するこのテクニックを使えば、忙しい平日でも極上のパンが焼けます。
冷蔵庫で一晩(8〜12時間)発酵させるメリット
前日の夜に中種をサッと混ぜて冷蔵庫(野菜室など、5〜10℃前後が理想)に入れておくだけの方法です。低温で長時間発酵させることで、雑菌の繁殖を抑えつつ、イーストや酵素がじっくりと働き、より深みのある甘みや旨味を引き出すことができます。
また、冷蔵庫に入れておけば過発酵のリスクが低いため、「発酵完了のタイミングを見逃した!」という失敗が少なくなります。時間の融通が利きやすいのが最大のメリットです。
冷たい中種を使う際の「復温」と「仕込み水」
オーバーナイト法の最大の注意点は「温度」です。冷蔵庫から出したばかりの中種は冷え切っています。このまま冷たい水や粉と合わせてこねてしまうと、こね上げ温度が極端に低くなり、その後の発酵がうまくいきません。
対策として、本ごねに使う仕込み水(調整水)をぬるま湯(30℃〜40℃程度)にすることで温度バランスを取ります。これを「復温(ふくおん)」と呼びます。目標のこね上げ温度(一般的に26〜28℃)になるように、季節や室温に合わせて水温を調整しましょう。
忙しい人に最適なタイムスケジュール例
この方法を使えば、朝食に焼きたてパンを出すことも夢ではありません。無理のないスケジュールの例をご紹介します。
【平日のパン作りスケジュール例】
■前日 21:00
夕食の後片付けのついでに、中種の材料を混ぜる(所要時間10分)。ボウルにラップをして冷蔵庫へ。
■当日 6:00
起床。冷蔵庫から中種を取り出す。本ごね開始(ぬるま湯を使用)。
■6:20〜6:40
フロアタイム(身支度などの時間)。
■6:40〜7:30
分割、成形、最終発酵(オーブンの予熱開始)。
■7:30〜7:45
焼成。朝食に焼きたてのふわふわパンが完成!
まとめ:中種法をマスターして、ワンランク上のパン作りを

中種法は、単に「手間のかかる製法」ではありません。パンの老化を防ぎ、ボリュームを出し、風味を豊かにするための、先人たちの知恵と科学が詰まった素晴らしい技術です。
「翌日もしっとり柔らかいパンを家族に食べさせたい」「お店のようなプロの味に近づけたい」という願いを叶えるために、中種法は最強の武器になります。
最初は70%中種法の計算や工程に戸惑うかもしれませんが、一度その仕上がりの違いを体験すれば、きっと虜になるはずです。まずは週末の時間がある時に、いつものお気に入りのレシピを中種法にアレンジして試してみてください。あなたのパン作りライフが、より深く、充実したものになることを応援しています。



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