マフィン食中毒の真相とは?ハニーハニーキス騒動から学ぶパン作りの衛生管理

マフィン食中毒の真相とは?ハニーハニーキス騒動から学ぶパン作りの衛生管理
マフィン食中毒の真相とは?ハニーハニーキス騒動から学ぶパン作りの衛生管理
その他

パン作りやお菓子作りを楽しむ皆さんにとって、2023年11月に起きた「マフィン食中毒」のニュースは衝撃的だったのではないでしょうか。「ハニーハニーキス(Honey×Honey xoxo)」という焼き菓子店がイベントで販売したマフィンが原因で、多くの人が体調不良を訴える事態となりました。

手作り=安全・安心というイメージが揺らいだこの事件。実は、ここには私たちホームベーカーが絶対に知っておくべき「衛生管理の落とし穴」が隠されています。なぜあのマフィンは腐ってしまったのか?安全なパンや菓子を作るにはどうすればいいのか?今回はこの騒動を教訓に、正しい知識を身につけましょう。

マフィンで食中毒?ハニーハニーキスで起きた騒動の概要

2023年秋、日本最大級のアートイベント「デザインフェスタ(デザフェス)」で発生した食中毒騒動は、SNSを通じて瞬く間に拡散され、またたく間にニュースとなりました。まずは、何が起き、どのような被害が出たのか、その全容を振り返ります。

「糸を引くマフィン」SNSでの拡散と被害の実態

2023年11月11日と12日の2日間、東京ビッグサイトで開催された「デザインフェスタ vol.58」に出店していた焼き菓子店「Honey×Honey xoxo(ハニーハニーキス)」のマフィンを購入した客から、次々と異変の報告が上がりました。
SNSには、「マフィンから納豆のような臭いがする」「食べてみたら変な味がした」「割ってみたら糸を引いていた」という衝撃的な投稿が写真や動画付きでアップされました。

通常、マフィンなどの焼き菓子が糸を引くということはあり得ません。これは明らかに細菌が増殖し、腐敗が進んでいるサインです。実際に食べた人の中には、腹痛、嘔吐、下痢といった食中毒の典型的な症状を訴える人が続出し、ネット上ではその見た目と危険性から「デスマフィン」という不名誉な呼び名まで付けられてしまう事態となりました。

厚生労働省が「CLASS 1」のリコール対象に認定

事態を重く見た保健所が調査に乗り出し、この騒動は単なる「腐ったお菓子」の話では済まなくなりました。厚生労働省は、このマフィンによる健康被害のリスクを、3段階あるリコール分類の中で最も危険度が高い「CLASS 1(クラスワン)」に分類しました。

CLASS 1(クラスワン)とは?
食品衛生法違反の疑いがあり、その食品を食べることで重篤な健康被害、あるいは死亡の原因になり得る可能性が高い場合に指定される、最も危険なレベルの回収命令です。

焼き菓子でここまでの事態になることは非常に稀です。販売された約3000個のマフィンが回収対象となり、ニュースでも連日大きく取り上げられました。この認定は、手作りのお菓子であっても、管理を誤れば人の命に関わる危険な「毒」になり得るということを、世間に強く知らしめることとなったのです。

保健所の介入と明らかになったずさんな管理

目黒区保健所の立ち入り調査により、製造現場の状況や販売までの経緯が明らかになりました。そこで浮き彫りになったのは、プロとして販売するにはあまりにもずさんな衛生管理の実態でした。
特に問題視されたのは、マフィンを焼いてから販売するまでの期間と、その保管方法です。イベント当日に販売する大量のマフィンを、店主が一人で製造していたため、製造開始はイベントの5日前にまで遡っていました。

さらに、焼き上がったマフィンは適切な温度管理がなされないまま、室温で保管されていました。当時の気温や室内の環境を考えると、細菌にとっては「培養器」の中にいるような好条件が揃ってしまっていたのです。この調査結果は、多くの趣味のベーカーや小規模な菓子店にとっても、決して他人事ではない「慣れ」や「過信」への警鐘となりました。

なぜ腐った?手作りマフィンが危険な状態になった原因

なぜ、焼き菓子であるマフィンが、納豆のように糸を引くほど腐敗してしまったのでしょうか。ここには、「無添加」「手作り」という言葉に潜む誤解と、科学的な知識の欠如が大きく関係しています。

「常温で5日間放置」という致命的なミス

今回の食中毒騒動で最大の原因とされているのが、「製造から販売までのリードタイム」と「保管温度」です。
報道によると、マフィンはイベントの5日前から製造され、クーラーの効いていない室内で常温保管されていたといいます。11月とはいえ、日中の室内は20度を超えることもあり、これは細菌が最も活発に増殖する温度帯(20℃〜40℃)と重なります。

通常、焼き菓子は水分が飛びきっていない場合、数日でカビが生えたり腐敗したりします。特に、具材として栗やサツマイモなど水分を多く含む食材を使っていたことも、腐敗を加速させました。「焼き菓子だから常温でも大丈夫」という思い込みが、菌の増殖を許してしまったのです。

「無添加・砂糖控えめ」が招いた保存性の低下

ハニーハニーキスのマフィンは、「防腐剤不使用」「添加物なし」「市販の半分以下の砂糖」を売りにしていました。健康志向の消費者には魅力的に響く言葉ですが、食品衛生の観点からは非常にリスクの高い選択です。
実は、砂糖や塩、そして保存料といった添加物は、単に味付けや見た目のためだけに入っているわけではありません。これらは食品中の水分を抱え込み、細菌が利用できない状態にする「保存料」としての強力な役割を持っているのです。

ここがポイント!
砂糖を極端に減らすと、細菌が自由に使える水分(自由水)が増えてしまい、結果としてカビや細菌が繁殖しやすい環境を作ってしまいます。「甘さ控えめ」は「傷みやすさ激増」とイコールであることを理解する必要があります。

加熱不足と「具材」のリスク

さらに、マフィンのような厚みのある焼き菓子において注意が必要なのが「焼成」です。大きな具材(栗やイモなど)がゴロゴロと入っている場合、生地の中心部や具材の中まで十分に熱が通っていない可能性があります。
特に、根菜類やクリなどは土壌由来の菌(セレウス菌やボツリヌス菌など)が付着しているリスクがあります。これらは耐熱性が高く、生焼けの状態では死滅しません。加熱が不十分なまま、菌にとって栄養満点な生地の中で、適度な温度で数日間放置されれば、爆発的に菌が増えるのは自然の摂理でした。

パン作り・お菓子作りで絶対に知っておきたい「水分活性」と「保存」

ここでは少し専門的な話をします。しかし、これを知っているだけで、あなたの作るパンやお菓子の安全性は劇的に向上します。キーワードは「水分活性(Aw)」です。

腐敗の鍵を握る「水分活性」とは?

食品に含まれる水分には、2種類あることをご存じでしょうか。
一つは、食品の成分(タンパク質や炭水化物)としっかり結びついている「結合水」。もう一つは、結びつきが弱く、自由に動き回れる「自由水」です。
細菌やカビが繁殖のために利用できるのは、この「自由水」だけです。

水分活性(Aw)とは
食品中の「自由水」の割合を示す数値です。0〜1までの数値で表され、1に近いほど細菌が繁殖しやすくなります。
一般的な細菌はAw 0.90以上、カビはAw 0.80以上で活発に増殖します。

焼き立てのパンやマフィンは、水分活性が0.95前後と非常に高く、生鮮食品に近い状態です。つまり、そのまま置いておけば、細菌にとってはご馳走の山なのです。

砂糖の保水性が菌の繁殖を防ぐ

先ほど「砂糖控えめは危険」とお伝えしましたが、その理由を水分活性の視点から解説します。
砂糖には、水分を強力に引き寄せて離さない「保水性」という性質があります。砂糖をたくさん入れたジャムが腐りにくいのは、砂糖が水分をガッチリと捕まえて「結合水」にしてしまい、細菌が使える「自由水」をなくしてしまっているからです(これを浸透圧の作用とも言います)。

ハニーハニーキスの事例では、砂糖を「市販の半分以下」にしてしまいました。これにより、本来なら砂糖と結びつくはずだった水分が「自由水」として残り、細菌が飲み放題の状態になっていたと考えられます。レシピの砂糖を減らすときは、その分「早く食べ切る」か「冷蔵・冷凍する」という対策がセットでなければなりません。

「冷ます」工程こそが衛生管理の要

パンやお菓子を焼いた後、どうやって冷ましていますか?ここにも大きな落とし穴があります。
焼き上がった直後の熱い状態から冷めていく過程で、蒸気が発生します。もし、まだ温かいうちにラップで包んだり、密閉容器に入れたりするとどうなるでしょうか。
内部から出た水蒸気が袋の中で結露し、水滴となって食品の表面に付着します。この水滴は、局所的に水分活性を「1.0(真水)」の状態にします。

表面に水がついた栄養豊富なマフィンを常温に置くことは、カビの胞子をまいているようなものです。ケーキクーラー(網)の上で、中心までしっかりと熱が取れるまで冷ますこと。これは食感を良くするためだけでなく、腐敗を防ぐための必須工程なのです。

イベント出店や販売をする際の法的ルールと責任

「趣味で美味しく焼けたから、マルシェで売ってみたい」。そう考える方もいるかもしれません。しかし、人に食品を販売するということは、法的な責任を負うということです。ハニーハニーキスの件でも問題になった、販売に関するルールを確認しましょう。

営業許可と食品衛生責任者

まず、手作りのパンやお菓子を販売するには、保健所の許可を得た施設(自宅のキッチンとは別の、基準を満たした厨房)で製造する必要があります。自宅の台所で作ったものを販売することは、法律で禁止されています(菓子製造業許可などの営業許可が必要です)。

また、製造場所には必ず「食品衛生責任者」の資格を持つ人を1名置かなければなりません。これは1日講習を受ければ取得できる資格ですが、食品衛生に関する基本的な知識を持っていることの証明です。今回の騒動でも、営業許可は持っていたものの、衛生管理の知識が形骸化していた可能性が指摘されています。

食品表示法:消費期限と賞味期限の正しい設定

販売する食品には、「食品表示法」に基づいたラベルを貼る義務があります。名称、原材料名、内容量、製造者、保存方法、そして「期限表示」です。
期限には「賞味期限(美味しく食べられる期限)」と「消費期限(安全に食べられる期限)」があります。傷みやすいマフィンのような食品は、本来「消費期限」を表示すべきケースが多いです。

問題は、この日付をどう決めるかです。「だいたい5日くらい大丈夫だろう」という勘で決めるのは絶対にNGです。プロの現場では、検査機関に依頼して細菌検査や官能検査を行い、科学的根拠に基づいて期限を設定します(一般的には検査で大丈夫だった期間に、0.7〜0.8の安全係数を掛けて短めに設定します)。
ハニーハニーキスの事例では、製造から5日以上経過したものを販売していましたが、これは常温の焼き菓子としては非常にリスクの高い設定でした。

PL法(製造物責任法)のリスク

もし、あなたが販売したパンやお菓子で誰かが食中毒を起こした場合、「知らなかった」「悪気はなかった」では済まされません。PL法(製造物責任法)により、製造者は被害者に対して損害賠償責任を負うことになります。

治療費、慰謝料、仕事を休んだ場合の休業補償など、その額は数百万〜数千万円になる可能性もあります。イベントで数百円のマフィンを売るために、一生を棒に振るようなリスクを背負っているという自覚が必要です。「手作りだから」という甘えは、法律の前では一切通用しません。

家庭でのパン作りでも応用できる!安全なマフィンを作るための対策

ここまでの話は、少し怖かったかもしれませんね。ですが、怖がる必要はありません。正しい知識を持って対策をすれば、家庭でも安全で美味しいパンやお菓子を作ることは十分に可能です。今日からできる具体的なアクションプランをご紹介します。

1. 徹底した手洗いと器具の消毒

食中毒菌の多くは、人の手や指から食品に移ります。特に「黄色ブドウ球菌」は、健康な人の手や鼻にも常在しており、傷口がある場合は特に危険です。
パン作りを始める前には、石鹸で手首までしっかり洗いましょう。そして、可能であれば食品用の使い捨て手袋を着用することをおすすめします。

また、ボウルやヘラ、保存容器などの器具は、使用前にアルコール消毒を行いましょう。水分が残っているとアルコール濃度が薄まって効果がなくなるため、乾いた状態でスプレーするのがコツです。家庭用の「パストリーゼ77」のような、食品に直接かけられる高濃度アルコール製剤を常備しておくと安心です。

2. レシピの改変は慎重に

「レシピ通りに作る」というのは、味の再現だけでなく、安全性の確保という意味もあります。特に砂糖の量は、保存性に直結します。
もし「甘さを控えたい」と思って砂糖を減らすなら、その分「保存期間は短くなる」と認識してください。砂糖を半分にするなら、焼いたその日に食べ切るか、すぐに冷凍保存する必要があります。

また、生のフルーツや水分量の多い野菜(カボチャのペーストなど)を混ぜ込む場合も、水分活性が高くなりやすいので要注意です。こうしたアレンジパンを作るときは、常温放置は避けるのが鉄則です。

3. 「冷めるまで待つ」そして「すぐ冷凍」

焼き上がったパンやマフィンは、網の上で完全に冷まします。ほんのり温かい状態でも、袋に入れれば結露します。中心までしっかり冷たくなっていることを確認してから包装しましょう。

最強の保存法は「冷凍」
家庭で作る保存料なしのパンやお菓子は、翌日までに食べないなら「即冷凍」が正解です。
一つずつラップでぴったりと包み、ジッパー付き保存袋に入れて冷凍庫へ。これなら2週間〜1ヶ月程度は美味しさと安全をキープできます。食べる時は自然解凍か、レンジで少し温めれば、焼きたてに近い味が楽しめます。

常温保存にこだわりすぎないことが、最大の食中毒対策です。特に夏場や暖房の効いた冬の室内では、迷わず冷蔵庫か冷凍庫の力を借りましょう。

まとめ

「ハニーハニーキス」のマフィン食中毒騒動は、私たちパン作り・菓子作り愛好家にとって、決して忘れてはならない教訓を残しました。
「手作り」「無添加」という言葉は、優しさや安全性の象徴のように使われますが、一歩間違えれば「菌に対して無防備である」ことの裏返しでもあります。

今回の記事のポイントを振り返ります。

  • 砂糖や塩は「天然の保存料」。むやみに減らすと腐りやすくなる。
  • 水分活性(自由水)が高い食品は、細菌の温床になりやすい。
  • 焼き上がった後は完全に冷ましてから包装し、結露(水分)を防ぐ。
  • 常温保存を過信せず、翌日以降に食べるなら迷わず「冷凍保存」する。
  • 人にプレゼントしたり販売したりする場合は、法的責任と衛生管理の重さを自覚する。

パンやお菓子作りは、食べる人を笑顔にする素晴らしい趣味です。だからこそ、その笑顔を曇らせることのないよう、衛生管理という「見えない材料」にもこだわって、安全で美味しい作品を作り続けていきましょう。

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